博物館ディクショナリー

明皇・貴妃図屏風(めいこう・きひずびょうぶ)

 宮殿の庭園の一郭(いっかく)。左上、ごうごうと落ちる滝の水は、右の方の池につながっているようです。水に面した場所に集う人々、華やかに着飾った女性たちに囲まれる高貴(こうき)な男性の姿。中国・唐王朝の第6代皇帝玄宗(げんそう)(685~762・在位712~756)で、明皇(めいこう)とも呼ばれました。豹(ひょう)皮の敷物(しきもの)に座り横笛を手にとっています。玄宗皇帝の視線の先で舞う女性が楊貴妃(ようきひ)。今日、世界三大美女にも数えられたりする絶世(ぜっせい)の美女です。貴妃の後には楽器を奏(かな)でる女性たち。どんな楽器ですか? 琴・琵琶(びわ)・笙(しょう)・縦笛・横笛、弦楽器(げんがっき)と管楽器(かんがっき)ですね。これに対し、玄宗の後に立ち並ぶ女性たちは、お香の道具を乗せたお盆などを持っています。女性たちの華やかな服装はさまざまで、ひとつとして同じものはありません。

  • 明皇・貴妃図屏風  狩野山雪筆 6曲1隻 当館
    明皇・貴妃図屏風 狩野山雪筆 6曲1隻
    <京都国立博物館蔵>
    *クリックするとおおきくなります。

 玄宗皇帝と楊貴妃のラブストーリーは、約50年後の806年に白居易(はくきょい)(白楽天(はくらくてん))が作った長編漢詩(かんし)の名作『長恨歌(ちょうごんか)』によってよく知られるようになり、平安時代以降の日本の文学にも大きな影響を与えました。七言の句を120句連ねた「古詩(こし)」というスタイルの詩で、あらすじは次のようなものです。玄宗は楊貴妃への愛情にのめりこんで、妃の縁者(えんじゃ)を次々と高位(こうい)に採用(さいよう)します。その有様(ありさま)に反乱が起き、玄宗は宮殿から逃げ出します。しかし貴妃をよく思わない兵は動かず、それをなだめるため貴妃の殺害を許してしまいます。反乱が治まると玄宗は都に戻りましたが、貴妃のことが思い出されるばかり。道士(どうし)が仙術(せんじゅつ)を使って貴妃の魂(たましい)を捜(さが)し求め、天界で見つけ出します。貴妃は道士に、玄宗との思い出の品と言葉をことづけます。それは永遠の愛を誓い合った思い出の言葉だった、という悲恋(ひれん)の物語で、現実と天の世界を行き来するなか、ふたりの愛が哀(かな)しくも美しく歌い上げられます。

 この屏風も『長恨歌』に基(もと)づくもので、描かれた場面は、ふたりがまだ幸せに暮らしていたときの一場面なのですが、詩では後半部、楊貴妃が亡くなったあと、道士が天界の楊貴妃と語り合う部分に対応しています。「風吹仙袂飄颻挙(かぜはせんかいをふきてひょうようとしてあがり)(風が吹いて仙女の袂(たもと)はひらひらと舞い上がり)、猶似霓裳羽衣舞(なおげいしょうういのまいににたり)(霓裳羽衣(げいしょううい)の舞を舞っているようだった)、玉容寂寞涙闌干(ぎょくようせきばくとしてらんかんになみだすれば)(玉のような美しい顔は寂しげで、涙がぽろぽろとこぼれる)、梨花一枝春帶雨(りかいっしはるあめをおぶ)(梨の花が一枝、雨に濡(ぬ)れたような風情(ふぜい)である)」と始まる部分で、画面中央、玄宗皇帝の背後、水墨の山水画が描かれた衝立(ついたて)の奥に、梨の花が咲(さ)き誇(ほこ)る様子が描かれています。

 ところで、左下に「狩野氏山雪」のサインがあり、「山雪」の印が捺(お)されています。この屏風を描いた画家のサインです。狩野山雪(かのうさんせつ)(1590~1651)は、江戸初期に京都で活躍した重要な画家です。義理の父が狩野山楽(さんらく)。江戸時代に入り、徳川幕府の時代になると、政治の中心は江戸に移り、狩野派の拠点(きょてん)も江戸へと移りますが、京都に残って、濃厚(のうこう)で華麗(かれい)な狩野派の画風(がふう)を守っていった一派がいました。それが狩野山楽・山雪にはじまる一派です。江戸に移った「江戸狩野(えどがのう)」に対して「京狩野(きょうがのう)」と呼ばれ、幕末(ばくまつ)まで続きました。なかでも狩野山雪は、たいへん個性的な画を描いた画家として注目されています。

  • 明皇・貴妃図屏風  狩野山雪筆 6曲1隻 部分「楽人」 当館
    明皇・貴妃図屏風 狩野山雪筆 6曲1隻 部分「楽人」
    <京都国立博物館蔵>
    *クリックするとおおきくなります。

 たとえば、玄宗の背後の松の枝ぶりに注目しましょう。その姿は、垂直・水平に整えられています。画面左上の細長く縦に伸びる岩、それから右の方の棕櫚(しゅろ)の樹にも、垂直線が繰(く)り返(かえ)され、ほっそりとした人物たちの垂直線とシンクロしていますね。人物たちを取り囲む欄干(らんかん)や衝立などは、垂直と水平の線で構成されています。つまり、構図は計算つくされ、垂直・水平をことさら強調することによって、とても整然(せいぜん)とした印象(いんしょう)が得(え)られるようになっているのです。これが、山雪の画の特徴(とくちょう)であり、魅力(みりょく)なのです。人物の吊(つ)り上った切れ長の眼、端正(たんせい)な顔立ちなども、そうした造形(ぞうけい)感覚(かんかく)からきているのですが、人物はとても細かく丁寧(ていねい)に描かれています。じっくり味わってみましょう。

博物館ディクショナリー167号「明皇・貴妃図屏風」PDF版

美術室 山下善也
2010年7月17日

京都国立博物館 Twitter

ご来館くださる皆様へ
京都国立博物館からのお願い

↑ ページのトップへ