博物館ディクショナリー

鶴の草紙(つるのそうし)

 鶴の草紙は、鶴が登場する不思議な物語を絵に描(えが)いた室町時代の作品です。筋立(すじた)ては有名な昔話の「鶴の恩返(おんがえ)し」と似(に)ていますが、少し違(ちが)った展開(てんかい)になっています。どんな物語なのか、一緒(いっしょ)に読んでいきましょう。

 その前に、ひとつ知っておいてほしいことがあります。この作品は、巻物(まきもの)の形をしています。絵が描かれた巻物なので、こうした作品を絵巻物(えまきもの)と呼(よ)びます。

  • 鶴の草紙 第一段 部分 当館
    [写真1] 鶴の草紙 第一段 部分
    <京都国立博物館蔵>
    *クリックするとおおきくなります。

 絵巻物は、両手を使って横長の紙を巻きながら、続々と現(あらわ)れる場面を右から左へと見るものです。たとえば、[写真1]を見てみましょう。物語の始まりの部分です。画面右方、藁葺(わらぶき)屋根の家で男が寝(ね)そべっています。ここは近江(おうみ)の国(くに)(今の滋賀県(しがけん))。この男は奥(おく)さんを亡(な)くして、人と会うこともなく山里にひとり暮(く)らしていました。男がぼんやりと顔を向ける左方へ私(わたし)たちも目を進めましょう。木々の間から道が現れ、そこに二人の人物が見えます。ある日男は、猟師(りょうし)が鶴をつかまえたところを見かけます。男はかわいそうに思い、鶴を自分の服と交換(こうかん)して引き取ることにしました。さらに左に進むと、男が鶴を空に放してあげたところが見えてきます。このように、長く継(つ)がれた紙に、三つの場面が右から左へ順番に描かれていることがわかります。絵描(えか)きは場面ごとの間に山や霞(かすみ)を描いて、それぞれを自然につないでいます。

 さて、物語はどのように続くのでしょうか。鶴を放した翌々日(よくよくじつ)、男のもとに美しい女がやって来ました。やがて男はこの心優(やさ)しい女と結婚(けっこん)し、幸せに暮らします。しかし、このことが地頭(じとう)(土地(とち)を管理(かんり)する権力者(けんりょくしゃ))やその息子の耳に入ると、彼(かれ)らは女房(にょうぼう)を奪(うば)おうと男に無理難題(むりなんだい)を吹(ふ)きかけてくるようになりました。あるとき、地頭は「わざわい」というものを連れて来い、と男に命じます。わざわいとは悪い出来事の名であって姿(すがた)かたちのあるものではない、と男は困(こま)りますが、女房は自分の両親のところへ行けば、わざわいが見つかると言います。女房に言われた通り山を丑寅(うしとら)の方角(北東のこと。神霊(しんれい)の訪(おとず)れる方角で鬼門(きもん)ともいう)へ進んでいくと、豪華(ごうか)な邸宅(ていたく)がありました。男はそこで女房の両親から、わざわいという名の恐(おそ)ろしい獣(けもの)を与(あた)えられます。

  • 鶴の草紙 第五段 部分 当館
    [写真2] 鶴の草紙 第五段 部分
    <京都国立博物館蔵>
    *クリックするとおおきくなります。

 さあ、[写真2]の右側を見てください。わざわいが男の家に連れられて来ました。人間よりも大きな体、ギョロリとした金色の目、それに鋭(するど)い角(つの)や爪(つめ)もあります。女房はわざわいに、男の言うことをよく聞けよ、と諭(さと)しています。いよいよ男は地頭の家に向かいます。左へ目を移(うつ)しましょう。力を見せてみろ、と言う男の声を合図に、さっきまでおとなしかったわざわいが暴(あば)れだしました。犬を噛(か)み喰(く)らい、家来どもを打(う)ち倒(たお)し、稲妻(いなずま)のごとく走りまわります。こうした静から動への急展開(きゅうてんかい)は絵巻物ならではの演出(えんしゅつ)です。とくに構図(こうず)に工夫があります。右に描かれた男の家は、板戸(いたど)や畳(たたみ)、縁側(えんがわ)が水平線を用いて組み立てられているので、動きの少ない静かな感じです。それに対して地頭の邸宅は、倒れた屏風(びょうぶ)、外れた戸など、さまざまな角度の斜線(しゃせん)が入り組んでおり、混乱(こんらん)の激(はげ)しさがよく伝わってきます。とりわけ、画面を右上から左下に貫(つらぬ)く畳や長押(なげし)の線によって、逃(に)げ惑(まど)う人々はまるで床(ゆか)をゴロゴロと転げ落ちるかのように見えます。とうとう地頭は観念(かんねん)して、男を丁重にもてなすようになりました。帰宅(きたく)して、男が女房にこのことを報告(ほうこく)すると、女房は実は自分があの日助けられた鶴で、恩返しのため結婚したのだと打ち明けます。そして鶴の姿(すがた)に戻(もど)って、空へ帰って行ってしまいました。

恐ろしい獣 名前は「わざわい」 鶴の草紙 第五段より 京都国立博物館蔵
恐ろしい獣 名前は「わざわい」
鶴の草紙 第五段より 京都国立博物館蔵

 室町時代には、こうした短いお話がたくさん生み出されました。不思議な出来事や、ためになる教訓を語るこうした物語を、お伽草子(とぎぞうし)と呼(よ)びます。今も「おとぎ話」という言葉がありますね。現代(げんだい)に残るお伽草子の絵巻物のうち、鶴の草紙は、風景に金色の霞やたくさんの草花が控(ひか)えめに添(そ)えられていて、とくに味わい深い作品です。室町時代には、貴族(きぞく)や武家(ぶけ)の子どもたちがお伽草子を楽しんでいたようです。みなさんも昔の人と同じように、お伽草子や絵巻物を楽しんでみてくださいね。

博物館ディクショナリー174号「鶴の草紙」PDF版

美術室 井並林太郎
2014年11月18日

京都国立博物館 Twitter

ご来館くださる皆様へ
京都国立博物館からのお願い

↑ ページのトップへ