博物館ディクショナリー

描き方の違い(えがきかたのちがい)

 はじめに、二点の襖絵(ふすまえ)の写真を比(くら)べてみてください。それらはいったいどこが違っていると思いますか。

  • 山水図(部分)
    重要文化財 山水図(部分)
    小栗宗継筆
    室町時代
    紙本墨画 169.3 x 115.7 cm(各)
    <京都国立博物館蔵>
  • 重要文化財 芦雁図(部分)
    重要文化財 芦雁図(部分)
    小栗宗継筆
    室町時代
    紙本墨画 169.3 x 115.7 cm(各)
    <京都国立博物館蔵>

 まず第一に気づくのは、画題(がだい)が違うことです。ひとつは険(けわ)しい山々や激(はげ)しく流れ落ちる滝(たき)、楼閣(ろうかく)などを描いた「山水図(さんすいず)」、もうひとつは芦(あし)の生(は)える水辺(みずべ)で遊(あそ)ぶ雁(かり)の群(む)れをあらわした「芦雁図(ろがんず=花鳥図〈かちょうず〉)」です。この違いは、一目(ひとめ)みれば明(あき)らかでしょう。

 ほかに何か相違点(そういてん)はありませんか。もう少し細かい部分に目を向けてみましょう。そうすると、その違いに気づくはずです。そう、これらは描き方がまったく異(こと)なっているのです。

 「山水図」の方は硬(かた)い線を用(もち)いて岩や木々をあらわしていますが、「芦雁図」では逆(ぎゃく)に弧(こ)を描くような柔(やわ)らかい筆遣(ふでづか)いが特色(とくしょく)となっています。また「山水図」では細かいところまで非常にていねいに描き込んでいることがわかりますが、「芦雁図」の方はというと、どちらかといえばあっさりと簡潔(かんけつ)に仕上(しあ)げているという印象(いんしょう)を受けます。ふつう、これほど描き方が違うと、まったく別のふたりの画家(がか)がこれらを描いたと思われることでしょう。でも、この二点の襖絵は、実はひとりの画家によって、同じ時期(じき)に、同じ建物(たてもの)を飾(かざ)るために描かれたものなのです。

 「なぜ?」「どうして?」と不思議(ふしぎ)に思われるのも当然(とうぜん)です。そこで、これらが描かれた頃にタイム・スリップして、その疑問(ぎもん)を解明(かいめい)してみましょう。「そんなことできるのか」って? 幸いなことにこれらの襖絵が描かれる様子を、亀泉集証(きせんしゅうしょう)という相国寺(しょうこくじ)のお坊(ぼう)さんが日記(『蔭凉軒日録〈いんりょうけんにちろく〉』)につけているのです。

 それによると、襖絵が描かれたのは延徳(えんとく)2年(1490)7月。今から500年以上も前の室町時代(むろまちじだい)のことです。筆者(ひっしゃ)は小栗宗継(おぐりそうけい=生没年不詳〈せいぼつねんふしょう〉)という画家で、この人はもと亀泉の下にいた禅僧(ぜんそう)でしたが、この頃は僧侶(そうりょ)をやめ、画家になっていました。また襖絵は、大徳寺(だいとくじ)養徳院(ようとくいん)の住職(じゅうしょく)をつとめていた春浦宗煕(しゅんぽそうき)のもとめによって描かれたこともわかります。そうした記事(きじ)の中でとくに興味(きょうみ)を引くのは、「(山水図を)夏珪様(かけいよう)で描いた」とか「芦雁図を和尚様(おしょうよう)で描いた」というくだりが見出(みいだ)されることです。夏珪とは中国(ちゅうごく)・南宋時代(なんそうじだい)の画家、また和尚とはやはり同時代の中国画家で禅僧でもあった牧渓(もっけい)のことを指(さ)しています。そして「○○様」の「様」はスタイルとほぼ同じ意味(いみ)と考えてよいでしょう。つまり、宗継は「山水図」を夏珪スタイルで描き、また「芦雁図」の方は牧渓風の筆遣いで描いた、と亀泉は証言(しょうげん)しているのです。もう、おわかりでしょう。前にみた描き方の違いは、宗継がふたりの画家の異なったスタイルを手本(てほん)としていたせいなのです。

 宗継が活躍(かつやく)していた頃の日本は、文化的先進国(ぶんかてきせんしんこく)である中国に対し、ほとんど崇拝(すうはい)に等(ひと)しいほどのつよい憧(あこが)れを抱(いだ)いていたことが知られています。とくに有力武士(ゆうりょくぶし)や禅僧たちの間では中国の人びとの生活を慕(した)い、"唐物(からもの)"と呼(よ)ばれた中国の絵画や陶磁器(とうじき)、文具(ぶんぐ)などを驚(おどろ)くほど高額(こうがく)な値段(ねだん)で買って部屋に飾るという習慣(しゅうかん)がありました。また、彼らが画家に絵を描かせる場合でも、その当時、わが国で人気の高かった中国画家――夏珪や牧渓のほか、馬遠(ばえん)や孫君沢(そんくんたく)、玉澗(ぎょっかん)など――のスタイルで描くように指示(しじ)しました。ですから、画家たちはそうした注文(ちゅうもん)にこたえるためにできる限り多くの描き方をマスターしておく必要があったのです。逆にいうと、さまざまな描き方をマスターできてはじめて、画家は周囲(しゅうい)に認(みと)められる存在(そんざい=大画家〈だいがか〉)になりえたといえましょう。たいへんな苦労(くろう)だったと思いませんか。

 最後に宗継と同じ時代を生きた雪舟(せっしゅう)の「四季山水図巻(しきさんすいずかん)」の写真をみてください。

  • 四季山水図(部分)
    重要文化財 四季山水図(部分)
    伝雪舟筆 室町時代
    縦21.5 x 全長1151.5 cm
    一巻 紙本墨画淡彩
    <京都国立博物館蔵>

やはりこの作品も先に挙(あ)げた中国画家のうちのひとりのスタイルに学び描かれたものですが、それが誰(だれ)かわかりますか?(答えは下にあります)

美術室 山本
1995年9月9日

牧渓の絵画をご覧になりたい方はこちら
雪舟の「四季山水図」の全体をご覧になりたい方はこちら

(答え:夏珪)

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