博物館ディクショナリー

古墳時代の鈴の音(こふんじだいのすずのおと)

 みなさんはキーホルダーや携帯(けいたい)ストラップに付(つ)いた小(ちい)さな鈴(すず)のチリチリという音(おと)をよく耳(みみ)にすることでしょう。この丸(まる)い形(かたち)をした「鈴」はいったいいつごろから日本(にほん)にあるのでしょうか?今回(こんかい)は古墳(こふん)時代、約1500年前の鈴について勉強(べんきょう)してみましょう。

 館蔵品の中には、弥生(やよい)時代の銅鐸(どうたく)がいくつかあります。銅鐸はつりがねを偏平(へんぺい)にしたような形のもので、風鈴(ふうりん)のように内部(ないぶ)に石(いし)や銅(どう)の棒(ぼう)を吊(つ)り下(さ)げそれを揺(ゆ)り動(うご)かすことで「コーン」という金属音(きんぞくおん)を響(ひび)かせます。弥生(やよい)時代は今から2000年ほど前の時代で、日本列島(にほんれっとう)に水田稲作(すいでんいなさく)が普及(ふきゅう)し、金属(きんぞく)の加工技術(かこうぎじゅつ)が伝わってきた時代です。しかし弥生時代に銅鐸はあっても、現代(げんだい)のような球形(きゅうけい)の鈴はありませんでした。ちなみに同時期(どうじき)の朝鮮半島(ちょうせんはんとう)の青銅器(せいどうき)には鈴が見(み)られます。

 弥生時代の次には古墳(こふん)時代(4~6世紀頃)がやってきます。大(おお)きな前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)などが造(つく)られた時代です。この古墳時代の中(なか)ごろ、5世紀ごろに銅製(どうせい)の「鈴」が現(あらわ)れます。本体(ほんたい)は中空(ちゅうくう)で内部に銅玉(どうぎょく)や小石(こいし)を入(い)れ、細(ほそ)い切(き)れ目(め)を持(も)っている今(いま)と変(かわ)らない丸(まる)い鈴です。大陸(たいりく)から朝鮮半島を経(へ)てその製作技術(せいさくぎじゅつ)が日本へ伝わってきました。

 館蔵品の鈴は、三環鈴(さんかんれい)・鈴釧(すずくしろ)・鈴付鏡板(すずつきかがみいた)・鈴鏡(れいきょう)2面(めん)、そして銅鈴(どうれい)です。

  • 三環鈴
    (1)三環鈴
    出土地不明
    <京都国立博物館蔵>
  • 鈴釧
    (2)鈴釧
    石川県和田山古墳出土
    <京都国立博物館蔵>
  • 鈴付鏡板
    (3)鈴付鏡板
    出土地不明
    <京都国立博物館蔵>

 三環鈴(さんかんれい)(1)は大きめの3個の鈴を銅の輪(わ)に付けたもので、5世紀頃にだけ存在(そんざい)する不思議(ふしぎ)な遺物(いぶつ)です。馬具(ばぐ)の一種(いっしゅ)だとする説(せつ)と甲冑(かちゅう)の飾(かざ)りだとする説のふたつがありますが、その性格(せいかく)はまだ明(あき)らかではありません。鈴の内部には小石が入っていて、振(ふ)るとコロコロという音が聞(き)こえます。

 鈴釧(すずくしろ)(2)は腕輪(うでわ)に鈴がついたもので、銅で一体(いったい)に鋳造(ちゅうぞう)されています。これは例(れい)の少(すく)ないたいへん珍(めず)しい遺物(いぶつ)です。石川県(いしかわけん)の古墳(こふん)から出土(しゅつど)しました。

 鈴付鏡板(すずつきかがみいた)(3)は馬具の一種です。「鏡板(かがみいた)」というのは馬(うま)の口(くち)にはめる「くつわ」の一部分(いちぶぶん)で、馬の口の左右(さゆう)でその金具(かなぐ)が落(お)ちないように固定(こてい)する役割(やくわり)を果(は)たしています。その鏡板(かがみいた)の周囲(しゅうい)に鈴を付けたものを「鈴付鏡板(すずつきかがみいた)」と呼(よ)びます。丸い鈴は本体(ほんたい)と一体であり、同時(どうじ)に鋳造(ちゅうぞう)されたものなのです。つやつやと輝(かが)く5個(こ)の鈴は今でも涼(すず)しい音色(ねいろ)を聞かせてくれます。

  • 六鈴鏡
    (4)六鈴鏡
    石川県和田山古墳出土
    <京都国立博物館蔵>
  • 八鈴鏡
    (5)八鈴鏡
    福知山市弁財古墳出土
    <京都国立博物館蔵>
  • 銅鈴
    (6)銅鈴
    出土地不明
    <京都国立博物館蔵>

 鈴鏡(れいきょう)には六鈴鏡(ろくれいきょう)(4)八鈴鏡(はちれいきょう)(5)の2面があります。このような鈴鏡(れいきょう)は鈴など付けない普通(ふつう)の円盤状(えんばんじょう)の鏡に比(くら)べごくまれにしか出土しません。巫女(みこ)をかたどった埴輪(はにわ)に腰(こし)にこのような鈴鏡(れいきょう)をさげたものが発見(はっけん)されていますので、何(なん)らかの神事(しんじ)の際(さい)に振(ふ)り鳴(な)らすことがあったのでしょうか?神道(しんとう)と鈴とのかかわりがこの時代までさかのぼる可能性(かのうせい)が考(かんが)えられます。
 銅鈴(どうれい)(6)はつり下(さ)げる耳(みみ)をもった普通の鈴です。馬具の一部と考えられます。表面(ひょうめん)に粒状(つぶじょう)の小(ちい)さな突起(とっき)と直線(ちょくせん)や円(えん)で描(えが)かれた模様(もよう)が見られます。

 このように見てくると馬具にかかわる鈴が多(おお)いことに気(き)づくでしょう。日本で5世紀ごろに始(はじ)まる乗馬(じょうば)の習慣(しゅうかん)と鈴の普及には関係(かんけい)があることがわかります。遠(とお)くからシャンシャンと鈴音(すずおと)を響(ひび)かせながらやってくる騎馬人物(きばじんぶつ)を想像(そうぞう)してください。古墳(こふん)時代の人びとにはその鈴音はそれまで聞いたこともないものでした。いったいそれはすばらしい音に聞こえたのでしょうか?それとも恐(おそ)ろしい音に感(かん)じたのでしょうか?

 ケースの中に展示された鈴付(すずつき)の遺物(いぶつ)からは音は聞こえませんが、みなさんの心(こころ)の中(なか)にその音は聞こえていますよね。

考古室 宮川禎一
2003年3月8日

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