博物館ディクショナリー

装飾付須恵器(そうしょくつきすえき)

 下の考古遺物(こうこいぶつ)の画像をぐるっと見ていくと、縄文(じょうもん)土器や弥生(やよい)土器が赤っぽい色なのに、古墳(こふん)時代のところの焼き物は灰色をしているのに気がつきましたか?

  • 台付鉢形土器
    高 35.7cm
    縄文時代新潟件糸魚川市長者ケ原出土
    <京都国立博物館蔵>
  • 西宮山古墳出土の装飾付須恵器
    【写真1】西宮山古墳出土の装飾付須恵器
    高37.5cm 
    古墳時代(6世紀)
    <京都国立博物館蔵>

 この灰色の焼き物は「須恵器(すえき)」と呼ばれるもので、古墳時代から奈良(なら)時代にかけてさかんにつくられました。須恵器は丘陵(きゅうりょう)の斜面(しゃめん)をくりぬいてつくった「あな窯」のなかで高温で焼かれた硬(かた)い土器です。その技術は5世紀ごろに朝鮮半島(ちょうせんはんとう)から伝わってきたとされています。

 その須恵器のなかでいちばん面白(おもしろ)いのは兵庫県龍野市(ひょうごけんたつのし)の西宮山(にしみややま)古墳という6世紀のお墓からみつかった足付きの壺です(写真1)。今回はそれをゆっくりと見てみることにしましょう。

 この壺の面白さはその表面にくっついた人物や動物の小さな像にあります。まず写真2を見てください。

  • 装飾付須恵器
    【写真2】装飾付須恵器(部分:相撲をとる人物)
    <京都国立博物館蔵>

 これは4人の人物なのですが、右側のふたりはとっくみあっているようにみえます。これは相撲(すもう)をとっている場面ではないかといわれるもので、左側のふたりは行司(ぎょうじ)さんかあるいは見物人(けんぶつにん)だとおもわれます。「いや相撲ではなくて男女が抱(だ)きあっている場面だ」というひともいます。しかし見物人がいるというのはすこし変ですね。

 『日本書紀(にほんしょき)』という古い歴史書には「當摩蹶速(たいまのけはや)」と「野見宿禰(のみのすくね)」という力士(りきし)が日本で最初に相撲をとったという神話がのっています。その勝者となった野見宿禰が亡くなった場所が、この須恵器の出土した兵庫県龍野市付近であったといいますから、なにか深い関係があるのかもしれません。(ただし、當摩(たいま)さんと野見(のみ)さんの相撲はこのようなとっくみあいではなくて、足をつかっての蹴(け)りあいだったと記されていますが…。)

  • 装飾付須恵器
    【写真3】装飾付須恵器(部分:鹿狩りの場面)
    <京都国立博物館蔵>

 写真3は一頭の鹿(しか)を二匹の犬とひとりの人間が追っている狩猟(しゅりょう)の情景(じょうけい)をあらわしているとされます。首のながい鹿に耳をぴんと立てた犬たちが吠(ほ)えかかっているという瞬間(しゅんかん)をうまくとらえているといえるでしょう。猟犬(りょうけん)をつかった狩りのようすは弥生時代の銅鐸絵画(どうたくかいが)にも見られます。

 このシーンにもまったく違(ちが)う解釈(かいしゃく)があります。母犬のまわりを子犬がじゃれているという平和な光景(こうけい)だというものです。けれどもこの群像(ぐんぞう)には緊迫感(きんぱくかん)があるので、やはり狩猟説のほうがぴったりくると思うのですが、いかがですか?

  • 装飾付須恵器
    【写真4】装飾付須恵器(部分:荷物をかつぐ人物)
    <京都国立博物館蔵>

 写真4は背中に荷物(にもつ)をかつぐ人間ひとり(左)と棒(ぼう)で荷物をはこぶ人間ふたり(右)をあらわしています。荷物が何かはわかりにくいのですが、たとえば古墳を築(きず)くための土をはこんでいるというような土木作業(どぼくさぎょう)の場面なのでしょうか。あるいはとなりの情景(写真3)からみて狩りの獲物(えもの)をかついで帰るようすなのでしょうか。

 写真にはあげませんでしたが、もう一箇所にも小さな像の付いていたあとがあります。犬が一匹残っていますので、狩猟の場面だったようです。

 この壺が出土した西宮山古墳は長さ35mの前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)でした。後円部の横穴式石室(よこあなしきせきしつ)からはこのほかにも須恵器の壺や椀(わん)、高坏(たかつき)などがたくさんみつかりました。また馬具(ばぐ)や鉄剣(てっけん)・矢じり、アクセサリーとしてのガラス玉、金製(きんせい)の耳飾(みみかざ)りなども出土しています。6世紀前半ごろに龍野市付近をおさめていた豪族(ごうぞく)のお墓であったとみられます。

 このような小像をつけた壺は岡山県・兵庫県を中心に西日本で多くみつかっています。その題材(だいざい)には相撲や狩猟のほか、鵜飼(うかい)や乗馬(じょうば)・舞踊(ぶよう)などがあります。それらは古墳時代の生活のようすを私たちに伝えてくれる貴重(きちょう)な情報源(じょうほうげん)なのです。

 みなさんも一度この壺の前で立ち止まって、いったいなにをしている場面なのかを推理(すいり)してみてください。

考古室 宮川禎一
1996年7月13日

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