節(ふしめ)のこと/藤澤 令夫

 お気づきかとも思うが、この「京都国立博物館だより」は今回から、これまでより形も一まわり大きく、装いを新たにしてお届けすることになった。前回の1993年10・11・12月号がちょうど100号に当ったので、これを節目として、この101号から気持ちをあらためて、新しく出発することにしたのである。内容もそれだけ情報量を豊かにしていくつもりなので、これまでにもまして御活用と御愛読をお願いします。第1号が出たのは昭和40年(1965年)4月で、この年は、現在平常陳列場として使われている新館が竣工した年だから、私たち現役勤務の者には、ずいぶん遠い昔のような気がする。以来、はじめのうちは月一回の発行だったが、やがて今のように3ヶ月に一回のクォータリーとなって、100号までに28年が経過したわけである。

 そう言えば、この「京都国立博物館だより」で毎回予告案内している「土曜講座」も、近く平成6年6月ごろ、ちょうど1000回を数えることになる。こちらのほうは、第1回が昭和48年 (1973年)。現在98歳でかくしゃくとしておられる日本美術史の碩学、源豊宗先生が、「鉄斎の芸術」というテーマで、この記念すべき第1講を担当された。 原則として毎週土曜日に休みなく行なわれるこの講座が、1000回を数えるまでに継続されてきたことは、日本では他に類例のない、当館の誇るべき事業と自負することが許されるだろう。

 「節」 (ふしめ、の意味) という字は、月日の流れの節目というところから「祝日」の意味にも使われるが(戦前の「紀元節」や「天長節」など)、「博物館だより」と「土曜講座」の話の続きで、当博物館にとってのもう一つの大きな「節」のことを書いておく。当館が開館して公開展示を始めたのは、明治30年 (1987年) であって、3年先の来る平成9年 (1997年) には、 創設100周年を迎えるのである。この100年間は日本にとって、「富国強兵」による性急な近代化、長期に亘る戦争と敗戦、「経済大国」へ向けての邁進と、多事激動をはらんだ歳月であった。その間、当初 「帝国京都博物館」の名称で出発したわが館は、「京都帝室博物館」(明治33年)、「恩賜京都博物館」(大正13年、皇太子=昭和天皇御成婚を記念に京都市へ下賜)、そして現在の 「京都国立博物館」 (昭和27年、再び国に移管) と、名前は何回か変わったけれども、内実は一貫してミュージアムとしての業務に励んできた。日本は金持ちの「文化国家」になったはずだが、その国立の博物館の予算はとても豊かなどといえるものではなく、定例の運営会議でも、経費節約のために夜間の構内照明の外灯をいくつ、どれとどれを消すかといったことが、重大な「議題」とされなければならない有様である。しかしその中で、100周年を機会に施設と業務内容にわたる抜本的な将来計画の作成を進め、また今年から京都大学の大学院と連携して、その研究教育に学芸員が併任教官として正式に参加するなど、博物館のあり方の新たな充実と発展のために、鋭意努力しているところである。御支援を乞う。

[No.101 京都国立博物館だより1・2・3月号(1994年1月1日発行)より]

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