文化財の保存をめぐって/中村 康

 「古都京都の文化財」として17社寺・城郭の建築と庭園が、一昨年の12月、ユネスコの世界文化遺産リストに登録された。前年の 「法隆寺地域の建造物」 「姫路城」に続いて、日本の国指定文化財が数多く「人類共通の文化遺産」に認められたことになる。

 登録を記念した夜間公開に始まり、初詣、花見、紅葉狩り、そしてこの冬は雪景色見物と、天候にも誘われて市内の社寺を休日に訪れることの多い1年であったが、どこも世界遺産ブームの賑わいである。記念撮影の背景をつとめていた古建築も一躍鑑賞の対象となる変わりようが印象に残った。

 しかし、世界文化遺産、国宝・重要文化財への関心の高まりとは対照的に、私たちの周りからは文化財が歴史や伝統と共に失われつつある。昨年1月の阪神大震災の復旧が進み始めた頃になって、江戸時代の仏堂や旧街道宿場の町並み、大正から昭和初期の和風住宅など、被災地域の文化財が姿を消して行った。維持修理や構造修理の伝統が途絶えて、修復できなかったり、取り壊されたのである。それは地震によって加速されているだけのことであって、同じ現象が日本の各地で進行している。京都でも、伝統的な町家に住もうとしない人がふえているという。町家の良さを実感できる生活を楽しむゆとりも失われている。

 その京の町家の保存活動に取り組む京都在住外国人の団体と京都の英・伊・独・仏各文化センターの共催による「歴史都市の未来」と題するシンポジウムが昨年10月に開かれた。エジンバラ (英)、フィレンツェ (伊)、ケルン (独)、パリ (仏) と京都の各市政の文化財担当者が保存の歴史と現状を報告し、続いて参加者を交えた自由な討論が行われた。その中で、ヨーロッパのそれぞれの都市では、文化遺産を過去のものとして凍結保存するような従来の概念を改め、現在の生きたものとして市民が管理し、修復し、活用するようになっていることが明らかにされた。

 フィレンツェでは、1985年以来、旧市街への車の乗り入れが全面的に禁止され、何世代にもわたって同じ家で同じ仕事をしている職人の文化的社会全体を保存するようになった。車が乗り入れないので、 屋外の大理石やブロンズの彫刻を複製に換えて博物館で保存する必要もない。建築の外壁を保護するためにルネサンス時代から続けられてきた漆喰塗りの習慣も復活した。文化が文化財と共に甦ったのである。

 日本では、 京都国立博物館が開館した1897年 (明治30) の 「古社寺保存法」 によって、社寺が伝えてきた美術工芸品と建造物の中から「わが国にとって歴史上、芸術上価値の高いもの」 を文化財に指定し、保存のために不可欠な解体修理を、国が助成する体制が確立した。これが現在の指定文化財の制度に受け継がれている。しかし、 指定による「凍結保存」 は、既に過去のものとなった文化財が対象となろう。生きている文化財の 「活用保存」が、今の私たちに委ねられている。

[No.110 京都国立博物館だより4・5・6月号(1996年4月1日発行)より]

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