とっつきにくい絵/山本英男

 室町時代の水墨画、ということばを聞いて、みなさんはいったい何をイメージされるだろう。水墨画の温床となった禅宗 (社会) のことだろうか、 それとも異様な形をした山々がそびえるどこか暗い雰囲気をもった山水図であろうか。 いずれにしても難解な、どこかとっつきにくいという印象をもたれていることだけは確かであろう。なぜこんなことをいうかというと、大学の非常勤で美術史を教えている時に、つねにそれを感じているからである。例えば桃山や江戸時代の華やかな絵をスライドでみせる時と室町水墨画のそれをみせる時とでは、明らかに学生たちの反応は異なっている。教え方のまずさを棚に上げていうならば、「この寒山・拾得や布袋の絵は素晴らしい」といくら力説してみたところで、ほとんどなじみのない画題や絵を、彼らは簡単に受け入れてはくれないのである。もし、それらに強く興味を抱く学生がいるとしたら (本当はそうあって欲しいのだが)、やはり相当な変わり者ということになるだろう。

 その意味では、ぼくなどは少し変わっているのかもしれない。祖父が骨董好きだったことも手伝って小さい頃から古いものには何となく興味があったが、なかでも絵画とくに室町の山水図には強い関心をもっていたように思う(ただしその方面の知識はまったくなかったが)。小学生の頃、壁のシミをみて「まるで雪舟の山水図のようだ」などといたく感動した覚えがあるし、年賀状にはきまって雪舟の「秋冬山水図」 (東京国立博物館) の絵を描いていた。また高校生になると、自分で池を造り飼っていた錦鯉(これだけでも変人であることがお分かりいただけよう)の背中−−白鼈甲という種類。白地に黒の模様が背中に入るもので、時にそれが山水図のようにみえる−−を眺めて、ひとり悦に入っていたものである。昔のことゆえ、どうして室町の山水図が好きになったのかはよく分からないが、ただ先述した屹立する山容と、どこか不気味なまでの静けさを漂わせる風景が実に斬新なものに映ったことだけは記憶の片隅に残っている。

 そんな私事はともかく、近年、若手(?)の研究者の間にはそうした室町水墨画のとっつきにくさを何とかして取り除き、真の魅力を引き出したい(楽しみたい) という動きがある。そのための試みは画家研究や作品研究、展覧会と、基本的には従来と変わらないが、そのなかに一貫して流れるのは画家や作品を必要以上に神聖視しないという態度だ。例えば雪舟の場合には後世のさまざまな逸話や伝承を身にまとうことで、ある種、聖人君子的なイメージが形づくられてしまったが、実際はもっと人間臭い人物だった。そんなイメージと現実のギャップが室町水墨画とわれわれの距離を遠ざけてきた要因であり、それが先のとっつきにくさにもつながっていると考えられるからである。雪舟はもちろん、 狩野正信や元信、 祥啓らの名が日常会話のなかで頻繁に語られる日が今から待ち遠しい。

[No.116 京都国立博物館だより10・11・12月号(1997年10月1日発行)より]

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