新聞の依怙贔屓/若杉 準治

 東京工業大学の山室恭子教授は、二月七日付毎日新聞朝刊の「新聞時評」の中で、全国紙朝刊のテレビ番組紹介欄を検証し、どの局の、どの番組を、どのように紹介しているかについて「横並び」の原則が粛々と遵守されていることを指摘し、あわせて休刊日さえ横並びになっていることに異議を唱えている。こうした新聞の体質は大いに気になるが、ここでは逆に各紙の「偏向」を話題にする。

 私はオタク的なロードレース(マラソン・駅伝)ファンである。もともと駅伝の盛んな九州に育ったせいもあるが、別府毎日マラソンを走る君原健二や宇佐美彰朗の姿を姿を間近に見たときの感動も影響している。今では正月三が日は言うに及ばず、冬の四ヶ月は、毎日曜日の午後はテレビの前を離れられない。当日の日記は画面を通してみたレースの克明な経過記録で埋め尽くされ、さらに、翌朝の朝刊に掲載される記録がスクラップされて日記に貼り込まれる。

 ところが、このレース記録を新聞から得ようとすると、大きな不都合がある。周知の如く、各競走には共催者として新聞社が加わっているのが普通であるが、自社主催の時には詳細な記事を二〜三面にわたって掲載するものの、他社主催の場合は至って冷淡な扱いになっている。今年は五輪の年で、選考レースが指定され、各選手の動向が注目されるため、マラソンについては例年よりは詳しくなってはいるが、基本的に自社事業中心の姿勢は変わらない。都道府県対抗駅伝の主催は全国紙ではないが、女子駅伝で全選手の区間記録を掲載する京都新聞が、広島で行われる男子駅伝(中国新聞主催)については順位と総合タイムを載せるだけなのは典型的である。したがってテレビでは見られない詳細な記録を手に入れようとすれば、翌朝駅の売店で主催新聞社の朝刊を購入しなければならないのである。

 しかしこれは単に私の個人的趣味の問題で、とりたてて騒ぐ事ではないのかも知れないが、展覧会に関する記事が同様の扱いになっていることはいささか問題である。自社主催の展覧会については事前から記事や内容紹介の記事が頻繁に掲載され、会期が近づけば「陳列始まる」、そして始まれば「開幕」はおろか、「○○人突破」など立て続けに「社会面」の記事になる。ところが、他社主催の企画は「文化面」で採り上げることなど稀で、情報欄でも洩れることがある。共催者を持たずに自主企画で開催される京博の秋の展覧会は、発表に基づく横並び記事ではあるにしても、幸い各社が採り上げてくれる。けれども扱いは小さく、突っ込んだ批評などは望むべくもない。いまどき新聞が社会の事象を公平に採り上げているとは誰も思っていないのかも知れないが、それにしてもこうした偏向や無視は危惧される。多くの家庭では一紙購読が普通であろうし、そのためにそこで見た展覧会だけが価値あるものと錯覚しかねない。

 新聞の記事の多寡の基準が事業内容の重要性によるものではなく「営業的視点」であるのだから、私たちは報道に惑わされず、自分で足を運び、本当に上質の展覧会を発見していかなければならない。

[No.126 京都国立博物館だより4・5・6月号(2000年4月1日発行)より]

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