埋まらないのに、掘らないと出てこない…/尾野 善裕

 一時はブームと言われるほどに報道や書籍の刊行が盛んだったが、この頃考古学に関する本は売れなくなってきており、企画段階のものは日の目を見ずに潰れているものが少なくないそうだ。その原因についてはさておき、一時はそれほど持て囃されていた考古学も、意外に基本的なところでは誤解されていることが珍しくない。実際の発掘調査現場が、インディ・ジョーンズばりの冒険活劇の場ではないのは当然としても、意外に間違った固定観念が流布・定着していることが少なくない。その一例が、「遺跡は埋まる」というもの。

 先日、知人にこの話をしたところ、怪訝な顔をされて、こう言われた。「だって、遺跡ってのは掘らないと出てこないじゃない!?」。確かにそうだ。遺跡ってのは、殆どの場合掘らないと出てこない。しかし、そうだからと言って遺跡が埋まったのかどうかは別問題なのである。こう言うと、何か謎々のように思われるかもしれないが、ちょっと考えてみれば単純な話である。

 確かに、上から土砂が流れてくるような丘陵の中腹や裾、あるいは頻繁に洪水に遭うような沖積低地の場合には、自然の営為によって遺跡は埋まってゆく。しかし、周囲に土砂が流れてくるような山のない台地や丘陵の頂部の場合には、火山灰でも降ってこない限り、自然に遺跡が埋まっていく理由がない。もちろん、落葉などが積もって腐葉土が地表を覆うことはあるが、それはごく表層の数cmに過ぎない。それにも拘らず、掘らないと遺跡が出てこないのには訳がある。なぜか。

 多くの場合、熱心なお百姓さんたちが畑を耕したりしているため、地表面に近いところの土はかき混ぜられてしまって、この部分を取らないと遺跡の残っている部分には到達しない。つまり台地の上などで掘り出される遺跡の多くは、壊されずに残った遺跡の下半分の残骸でしかないのだ。ただ、平安京から千年以上の歴史を誇る京都の場合、こうした説明だけでは不充分である。

 台地の上ではないのだが、京都の町も自然の土砂の堆積で埋もれていくような立地条件にはない。しかし、元の平安京の左京域(現在の千本通よりも東)では、2m以上にわたって地層の堆積が認められることがある。実はその殆どが盛り土なのである。考えてみれば当り前のことだが、現在のようにゴミ収集車がこない前近代の都市空間では、空き地や家の裏あたりに穴を掘って、埋めてしまうのが最も一般的なゴミ処理方法だった。そしてゴミ穴を掘った時に出てきた土を埋め戻すのだが、必ず捨てたゴミの分だけ土が余るので(本当は、土は掘ると膨らむので量は増える)、それを地表面に積んでならす(整地する)のである。かくして、遺跡は埋まってゆくのではなく、捨てられたゴミの分だけ埋められていくのである。

 このように、過去の生活文化を考える上でゴミの問題は避けて通れない。そんなゴミの問題を取り上げて、名古屋市博物館がこの夏に企画展を開催するという。地味なテーマではあるが、どんな切り口で見せてくれるのか楽しみだ。

[No.135 京都国立博物館だより7・8・9月号(2002年7月1日発行)より]

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