成長する箱—染織品修理の悩み—/山川 曉

 繊細で軽やかな染織品の担当者は「重いものは、ほとんど持たない」 と思われるかもしれない。染織品の多くは身につけるものであり、また折り畳んで収納するのが常であるから、 運搬も収納も簡単そうに見える。確かにその通りではあるのだが・・・作品に修理を加えるまでは。

 同じように絹という脆弱な素材を用いていても、掛軸や巻物、屏風の形式をとる絵画や書跡は、表具によって保護されている。さらに表具は、傷めば取り替えることが前提であって、その技術には長い伝統がある。それに反して、生活を彩る染織品には、修理をしながら本来の姿を受け継いでいくという考え方は希薄である。 きものの命運は、何世代にもわたって形を変えて消費しつくされるか、まれに寺院へ寄進されて打敷になるかであった。江戸時代以前の作品で原形をとどめるのは、神々の召領として奉納された神宝や、最澄・空海といった 高僧が身に着けた袈裟、豊臣秀吉・徳川家康といった天下人の衣服、雅楽や能楽に用いる芸能装束といった、極めて特別な品なのである。そして、それらの多くは、繕ったり別裂を当てたりといった簡単な修理を加えられることはあっても、多くは歳月の経過にまかせて劣化するまま、ただ保存されてきた。

 古い染織品の劣化は、破れた部分を縫うといった部分的な対応では済まず、生地を構成する糸そのもの、つまりすべてが弱くなっている ために、生地全体を補強する必要がある。表具のように長い歴史を持たないため、染織品の修理にはさまざまな試行錯誤が繰り返されてきた。その結果、現在採用されているのが、穴などの欠損部分を違和感のない補修裂を当てて繕い、それとは別に、生地の裏全体に補強裂を置いて縫いとめていくという、拍子抜けするほど単純で時間のかかる作業である。単純とはいっても、使用する針はたいへん細く、強すぎる張力で生地に負担をかけないよう、補修糸は化学的に劣化させる。修理に従事する人々は、今日もどこまで針を入れるべきか悩みながら、一日の大半を、この単調な、しかし緊張を強いられる作業で過ごしている。

 だからこそ、修理が完了し、見違えるほど美しくなった作品を目にすることは、本当に嬉しい。往時のままとは言えないまでも、その余芳を 受けとめることができるようになったのだから。しかし、そこから今度は私の悩みが始まる。いったいどこに収納すべきか。

 染織品にとって、長時間きつく折り畳むことは、たいへんな負荷となる。弱った糸であれば、 折り目から切れてしまう。そのため、修理を終えた作品は、折り畳む回数を極力減らし、折り目が緩やかになるよう、 たくさんの座布団や枕が当てられる。その結果、作品を収める箱は、幅も奥行きも厚みも、すべてにおいて大きく重くなってしまう。当然ながら、これまで収めていた場所には到底入らない。最も悩ましいのは袈裟で、修理すれば確実に、 私ひとりでは開けることもままならない、もしかしたら寝たまま入れるくらい巨大な箱に成長して帰ってくる。 中央に芯を置いて出し巻き卵のように巻いた状態が、袈裟の保存には最適なのである。

 こうして収納場所に悩み、展示の際には作品からは想像もつかないほど重い箱の運搬で体を鍛えられながらも、傷みの進む作品を手にすると、早急に修理ができないものかとため息をついてしまう。現在、袈裟が二肩も修理中だというのに。

[No.142 京都国立博物館だより4・5・6月号(2004年4月1日発行)より]

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