歴史学のむずかしさ/下坂 守

 イラクで武装勢力に拉致された人々の「自己責任」をめぐり、かまびすしい。日本人がこれほど「自己」の「責任」に厳しい国民だったとはつゆ知らず、この四文字を目にし耳にするたびに、自分の責任感のなさを責められているようで落ち込んでいる今日この頃である。それにしてもいったん何かに話題が集中すると、それにむけて突進していくこの国民性はどこからきているのであろうか。もちろんこの問いにすぐに答えることなど到底できないが、歴史の深層にある何かがその原動力の一つとなっていることだけはまちがいない。そして、歴史 学とは本来、この得体の知れない何かを探りあて、白日の下にさらすことにこそあると私は信じている。しかし、云うは易し行うは難し、そこに至る道は険しい 。

 一例をあげよう。いまでも中世の歴史について書かれた本を読むと「僧兵」という言葉がよく使われている。しかし、武装した僧侶を意味するこの言葉は実はかの時代には存在しない。中世には僧侶といえども武装するのがあたりまえで、「僧兵」という概念など必要なかったからである。歴史用語のなかにこの種の後世の思い込みで使用されているものが少なくない。

 歴史的な事象についても事情は似たりよったりで、古いといわれているものが実は新しかったという例は、それこそ枚挙に暇がない。たとえば、現在も京都 の夏を彩る祇園祭が、室町時代にはしばしば歳末に行われていたのをご存知だろうか。近年の研究によれば、雪降るなかを山鉾が巡行したことも一度や二度ではなかったという。夏のものと信じられている祇園祭においてすらこの有り様である。他は推して知るべしである。

 現実を正確に把握することは現代でもむずかしい。ましてや遠い過去の出来事となれば、理解に多少の幅が出てくるのは止むを得まい。また、視点を少し変えるだけで、善悪が一転してしまうのが歴史である。その方法論を安易に論じることはむろんできない。とはいえ、現在行われているそれは、軽率なところが多いように思われる。

 歴史用語に関していえば、史料に登場しない用語はよほど慎重に用いるべきであろう。でなければ、「僧兵」のように誤解しか生まない用語がいたるところで 大手を振って歩くことになる。いっぽう祭礼や民俗については、ともすれば今ある状態を安易に遡らせて理解しがちであるが、その有効性には限りのあることを確認しておくべきである。

 歴史学をたんなる過去の教訓ではなく、今に生きる学問とするための道は限りなく険しく遠い。

[No.143 京都国立博物館だより7・8・9月号(2004年7月1日発行)より]

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