文化財の地震被害に想う/森田 稔

 この原稿依頼のあった直後の十月二三日に新潟県中越地震が発生した。死者三十数名、避難された人々は最大で十万人にも上った。われわれの関係する文化財に関しては、新潟県十日町市の笹山遺跡から出土した国宝の火炎形土器に大きな被害が起きたことは新聞にも掲載され、関係者の間に大きな話題となった。 実はその一ヶ月前頃から大規模地震と文化財の問題についていろいろな取り組みが計画され始めたところであった。この一月十七日で阪神・淡路大震災からちょうど十年を迎えるからである。私事で恐縮であるが、その阪神・淡路大震災発生の時、被災地の真っ只中に位置する神戸市立博物館の学芸員として勤務していた私は、博物館の被災だけではなく、その復興作業、避難所への派遣等を経験し、文化財関係者の一人として、いろいろな悩みを抱え、自分なりに取り組むことのできる問題と対面してきた。

 この阪神・淡路大震災における文化財の被害は、自然災害としては関東大震災以来のものであったことは間違いない。博物館においては、常設展示に出品されていたものが落下・転倒あるいはケース内のルーバーの落下等により、多くの被害が発生した。しかし、収蔵庫内では、桐箱を重ねたり、収納箱に収めないでいたもの、あるいはマップケース等のスチール製のもの以外はごく軽微な被害にとどまり、木製の収蔵棚に桐箱、という伝統的な収納方法の有効性を知った。問題となるのは博物館施設に収蔵される文化財ではない。社寺や個人の自宅で保管されている文 化財は、文化財として指定・認定されていない限り、被害の実態の把握すら難しい。

 京都は街のいたるところに文化財が存在すると言ってもおかしくない。指定文化財の場合その所在情報は関係当局の努力により集積されている。しかし、最近では花折断層が動く可能性が指摘されたり、今世紀半ばまでには東南海・南海地震の発生が確実視される中で、災害から文化遺産を守る動きも見え始めている。この動きは主に不動産文化財を中心とした動きではあるが、美術工芸品を中心とする動産文化財の保護の必要性を痛感している。

 当館においては、明治三十年に制定された「古社寺保存法」の精神を受けて設置された機関として、京都を中心とした社寺等から約六千件の文化財の寄託を受けている。これらは適切な保存環境で収蔵し、一方で公開・活用にも供せられているが、こうした自然災害から守る、という役割も同時に果たしている。

 今後、想定される大規模地震に対応するべき国立の機関として、「防災拠点」という認識を一層確立するべく、活動を続ける必要性を痛感している。

[No.145 京都国立博物館だより1・2・3月号(2005年1月1日発行)より]

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