特別展覧会「古写経—聖なる文字の世界—」を見て/東野 治之

 日本は古代・中世を中心に、古写経の伝世品を有する、世界的にも稀有の地域である。その中には舶載経も多数含まれ、大陸文化の受容を具体的に示すとともに、独自の文化の発展を伺わせる遺品も少なくない。しかし古写経のみが展覧会のテーマとなることはあまりなく、公共の博物館、美術館で開かれたものとしては、一九六九年、奈良国立博物館で開催された奈良朝写経展に指を屈する程度である。昨秋、京都国立博物館で行われた古写経展は、館が誇る守屋孝蔵コレクションの寄贈五〇年を記念する意味もこめ、古写経という文化財の全貌を示したものとして、 画期的な特別展であった。
 展示は八つのコーナーに分かれ、次のような構成になっていた。


1 隷意から写経体へ—中国・朝鮮の写経
2 写経体の美しさ—奈良時代
3 和様化と末法到来—平安時代前〜中期
4 一字は一仏—平安時代中〜後期
5 一切経と装飾経—平安時代後期
6 携える・籠める細字の世界—平安〜鎌倉時代
7 写経の転機—鎌倉〜室町時代
8 受け継がれるこころ—般若心経


 これらのテーマを見れば、改めて説明を要しないかと思うが、中国の写経の姿や書風の紹介から始まって、飛鳥時代以来の変遷があとづけられる一方、細字経や般若心経をめぐる時代の枠をこえた、興味深い展示が織り込まれた。こうした配慮の行き届いたオーソドックスな構成は、代表的な名品が一堂に会したこともあって、古写経の歴史と文化を目のあたりにできる、またとない機会であったといえる。

 もっともそのような展覧会であるからこそ、もう一段の工夫を望みたかったところもある。たとえば日本に伝世した写経の中でも、現在正倉院蔵となっている隋時代の写経などは、仏教文化や書の歴史を考える上に欠くことのできない意味があり、世界的にも類のない作品群である。さまざまな困難もあろうが、国立博物館と宮内庁との展示面での連携は近年進んでいるようであり、出陳が実現しておれば、さらに特別展の意義を高めることとなったに違いない。

 また優品が国内に揃っているとはいえ、海外にも日本の古写経をみる上に有益な遺品はあり、比較参考に資する意味で、とくに新羅の作品などは並べて見る機会があったらよかったと思う。

 約四〇日の会期を通じ、入場者が一万六千人余にとどまったのは、やや残念な気もするが、そのほぼ五分の一に当たる約三千人が図録を購入した事実は、入場者の関心と満足度が並々でなかったことを物語る。近年は、特別展の入場者数の多寡ばかりが話題とされがちであるが、全てが一般向きの展示でよいとはいえず、このような学術的に密度の高い特別展のもつ意義は大きい。公共の博物館の役割として、こうした展示は今後とも維持されるよう願ってやまない。

[No.146 京都国立博物館だより4・5・6月号(2005年4月1日発行)より]

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