平成の大合併に想う/若杉準治

 いわゆる平成の大合併が三月末の合併特例法の期限切れによって一段落した。つい数年前には三千二百余りあった市町村は一気に四割減り千八百二十二になるという。私の生まれた町も周辺の町村と合併して新しく市になった。新しくできる市には地理的馴染みがあるので合併には大きな抵抗感はなかったが、出身地として書くのが生まれた町でないのはやはり寂しい。車社会となった現代ではある程度の広域的な行政単位とすることは当然の成り行きであろうが、このことで行政サービスのキメの細かさが失われるであろうことも自然なことで、当局は十分な配慮が求められる。

 今回の合併では、新しい自治体の名称の決定の中でずいぶん混乱が見られている。旧国名の奪い合いとか、合併前の一自治体の名をとりながら、ひらがな表記にして他の自治体のメンツを守ったりとか、最もひどい話は知多半島の「南セントレア市」や房総半島の「太平洋市」で、こうした安易な発想が地域の文化や歴史性を無視した暴挙であることに気づくべきであろう。

 文化に配慮を欠く合併協議会の動向を見ていると、協議の中で文化がどのように論じられているのかいささか気になる。二つの点をあげておこう。一つは指定文化財の処置である。各自治体はそれぞれの考えに基づいて文化財の指定保存を行ってきた。その基準は自治体ごとの事情によってまちまちであるが、多くの文化財がこれによって保護されてきた。合併によって制度は新たに制定されることになるが、その際に従来各自治体の条例に基づき指定保護されてきた文化財が切り捨てられるようなことのないような対応が求められる。特に大きな市に周辺市町村が併合され、一方の条例が廃止されることになる場合には、旧自治体での指定を有効なものとする措置が必要である。

 合併において気になるもう一つの点は、これまで各自治体で設置されていた美術館や歴史民俗資料館などの文化施設の扱いである。合併によって類似した性格の施設が重複するという場合、これを統合という名目で安易に廃止してしまうことには慎重であってほしい。この機会を積極的に捉え、それぞれを特化した性格を附与し、スタッフを的確に配置して各施設を充実させていくことで、地域の文化の豊かさをアピールすることができると思う。

 また、逆に合併自治体の中でひとつしか資料館がなかった場合には、今後地域全体をカバーできる広い視野をもつ施設として脱皮する事も必要であろう。

[No.147 京都国立博物館だより7・8・9月号(2005年7月1日発行)より]

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