特別展覧会「藤原道長—極めた栄華・願った浄土—」を観て /朧谷 寿

 藤原道長が金峯山に参詣し山頂に経文を埋納して今年で千年の節目を迎えた。それを記念して開催されたのが今回の特別展である。摂関家の覇者として君臨する道長ではあるが、伝存品は限られ、人物に焦点を当てた展覧会となると至難の業であり、そこに企画担当者の苦労も察せられた。この特別展が道長に焦点を当てたものとしては初例であろう。

 道長が数ヶ月にわたる精進潔斎をしたうえで参詣を敢行したのが寛弘四年(一〇〇七)八月のことである。彼には『御堂関白記』という日記があり、十四巻の自筆本(現存最古の自筆日記)のうちの一巻に該当部分が含まれるのは幸運。今回の展示の中心といえる金峯山参詣の様子を自筆本、写経文、これを収めた願文を刻んだ経筒、要約解説文と地図のパネルなどで展示。それを通して金峯山までの行程と埋経の様子が臨場感とともに学べるよう工夫されていた。道長は金峯山では子守三所に詣でているが、これは娘の彰子が一条天皇に入内して八年にもなるのに子の誕生がないのを祈願してのこと。ご利益あって翌年に皇子(後一条天皇)が誕生。その様子を活写する『紫式部日記』はよい写本がないので鎌倉期書写の『栄花物語』の展示は正解である。ただ一般観覧者のことを考えると『紫式部日記絵巻』(とりわけ道長を描いた最古の絵画資料といえる龍頭鷁首を眺める像)の展示がなかったのは残念である。いっぽう伝存の経筒や経箱の展示は金峯山のそれを理解するうえで非常に参考となった。

 道長は四十歳の時に浄妙寺、出家後に法成寺を創建するなど信仰心が厚く、若い時から自邸や寺院での仏事に余念がない。その意味でも請来品を含め仏画・仏像・仏具ほか宗教関係の展示品が多かったのは、道長の信仰心を読みとる点で有益であった。また道長は多くの造像を手がけたが、今に遺る唯一の作品は東福寺塔頭の同聚院蔵の不動明王坐像である。照明を落とした中央の一室に鎮座する、かっと目を見開いた像と対峙した時には圧倒された(初対面ではなかったが)。これは東福寺の前身の法性寺に道長が造営した五大堂の中心仏で、開眼供養は金峯山参詣の前年である。この像と対面した道長は、なにを念じたのか、ゆかしく思った。

 道長の生きざまを念頭に置いた多角的な展示を通して、道長時代を総合的に理解することは叶う。企画担当者の意図は見事に成功しているといってよい。展示期間は大型連休を挟んでの一ヶ月間ゆえ多くの観覧者を予測したが、足を運んだ人は思いのほか少なかったと聞く。私は四回ともゆっくりと見学できた。これだけ深みのある時代展示は多くの人に見て欲しかったと思う。なお、刊行された図録は道長研究の重要資料の一点に加えられるべき文献である。

[No.156 京都国立博物館だより10・11・12月号(2007年10月1日発行)より]

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