「japan蒔絵—宮殿を飾る 東洋の燦めき—」展を見て/小池 富雄

 本展では、蒔絵の愛好家が古くから外国にも多数いたことを教えてくれた。ヨーロッパの宮殿を飾った作品が豊富に展示されて、西欧人が日本の蒔絵を深く愛玩したのを如実に示した斬新な企画だった。蒔絵とは漆の樹液の接着力を利用して、金や銀の金属粉末を文様に蒔いて文様をあらわす日本独自に発達した技法である。奈良時代には、世界に誇るべき高い水準に達していた。

 桃山時代、日本にやって来たヨーロッパ人は、世界中に類例のない蒔絵に魅了されて、宗教用具の南蛮漆器を特注し自国に送った。以後も、ヨーロッパに多数の蒔絵が送られ、その行き先は、フランス王妃マリー・アントワネットをはじめとした王侯貴族であった。蒔絵の小箱は、その後もパリやロンドンの女性たちに好まれ、アールデコや最新モードの化粧品容器までに影響を与えている。

 明治以後、日本の蒔絵の産地は輪島、会津などの地方に拡大したが、江戸時代初期までは奈良と京都にほぼ限定されていたと考えられる。平安時代以来の宮廷文化を踏まえた伝統の蒔絵・秀吉好みの華やかな高台寺蒔絵・外国向け南蛮漆器などは、いずれも京都の蒔絵師たちの産物であろう。

 フランス・イギリス・スウェーデン・ドイツなど在外作を中心に三百件近い展示作品の中で、一番の目玉は「マザラン公爵家の櫃」だった。ロンドンのビクトリア&アルバート美術館所蔵で、輸出蒔絵の最も有名な大型の櫃である。源氏物語や曽我物語などの人物や山水風景などが高度な蒔絵であらわされ、豪華極まりない作である。ルイ十四世の宰相マザラン公爵のための特注品という。日本の漆芸家山下好彦氏が二〇〇四年から四年の歳月をかけて修復し、このたびの里帰りが叶った。この修復プロジェクトは、資金や技術面でアメリカ、英国、日本など各国の協力があった。今やこの櫃は、ひとり英国の文化財ではなく、極東で生み出され、フランスの宮廷で宝物として伝来した人類共有の文化遺産として認められるに至ったゆえに、各国の協力が生まれたのである。

 展覧会の実現には、事前の調査研究を踏まえて各国美術館とねばり強い借用交渉があったのだろう。敬服の限りであり、京都で実現できたのは特別に嬉しい。紅葉が照り映える十一月の土曜日の朝、筆者も博物館正門で開館を待つ行列に並び、大勢の観覧者がこの展覧会を心待ちにしていたのを感じた。思えば平安遷都以来この王城の都には、いったい何人の蒔絵師がいたのだろうか。この地で生まれて、死んでいった名もない蒔絵師たちまでが、この展覧会の開催に見えざる後押しをしてくれて、一緒に悦んで並んでいる幻想に包まれた。

[No.162 京都国立博物館だより4・5・6月号(2009年4月1日発行)より]

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