鯉釣りと手芸店/京都国立博物館美術室長 山本英男

 もう十年くらい前になるが、子供にせがまれて琵琶湖に悪名高き外来魚、ブルー・ギルを釣りに行ったことがある。この北米原産の食欲旺盛な魚はまさに入れ食い状態で、しばらく続けると、餌を付けるのさえ面倒になったほどだ。そんなとき、私のすぐ横でけたたましく鈴が鳴った。「せっかく琵琶湖に来たのだから」と、到着後すぐに団子を付けて放り込んでおいた竿(鈴はセンサーがわり)に鯉が掛かったのである。三脚に立て掛けておいた竿は勢いよく吹っ飛び、危うく水中に没しかけたものの、悪戦苦闘の末、ようやく竿も鯉も手にすることができた。鯉のサイズは七十センチほどの中型クラスであったが、まるでクジラでも釣ったような強烈な引きにいたく痺(しび)れたものであった。もちろん、これまでにクジラを釣ったことはないけれど…。

 それ以来、鯉釣りの魅力に取り憑かれた私は、暇を見つけては近くの川に出掛けるようになった。竿もリールも竿掛けもタモも、いつのまにか新しくなった。さらに、鈴のかわりに、不思議なくらい高価な無線式のセンサーも購入した。糸を送信機のスイッチに引っ掛けておき、魚が引っ張るとスイッチ・オン、その電波が手元の受信機に送られて音が鳴るという仕組みだ。なぜそんなものが必要かというと、鯉釣りがひたすら待ち続ける釣りだからである。その間、車の中で寝ていたり、離れた場所で釣り仲間と駄弁(だべ)っていたりするので、鈴の音では心許ないというわけだ。要するに、鯉釣りは釣りではなく、仕掛けたワナに獲物が掛かるのを待つ、猟のようなものと考えればわかりやすいだろう。

 ともあれ、そうした出費の甲斐もあり、一日平均にして一、二匹くらいはどうにか釣れるようになった。「鯉釣りは一日一寸」というから、まあ、ましなレベルといえるだろう。だが、今年の夏はかなりの苦戦を強いられている。原因は、大量発生したカメに餌を横取りされてしまうことだ。餌がないまま何時間も待ち続けることほど愚かしいことはない。そこで、「カメが食わない餌はないか」と釣り仲間に相談すると、手芸などに使う真珠形のビーズを付けてみてはどうかという。どうやら鯉は女性と同様、ヒカリモノに弱いらしい。翌日、さっそく手芸店に出掛け、あれこれ物色したが、そこに居合わせたおばさまたちの射るような視線を背中に感じたのはいうまでもない。

 釣りの目標は、やはり出来るだけ大きな鯉を釣ることである。例えば、雪村筆「琴高仙人図」(京都国立博物館蔵)に描かれた鯉。優に二メートルはあるだろう。もしこんな巨鯉が釣れたら確実に日本記録、そして私の雄姿は紙面を飾るに違いない。そんな大それた夢を見つつ、しばらくは手芸店に通うことにしよう。

[No.172 京都国立博物館だより10・11・12月号(2011年10月1日発行)より]

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