「中国近代絵画と日本」展を見て/東京大学東洋文化研究所准教授 板倉聖哲

 今年に入って早々、京都で開催された本展覧会と東京の「北京故宮博物院200選」展を見るために、多くの中国絵画研究者が来日した。京都を訪問した彼らは興奮した口調でこの展覧会を絶賛していた。それもそのはず、ここでは近代中国絵画史研究、又、近代日中美術交流史研究において重要な、彼らが未見の新資料が大量に展示されていた。今最も熱い中国美術市場の中心も、中国美術史研究の「主戦場」も近現代となっており、多くの愛好家・研究者は新たな作品・資料を求めて世界を渉猟している。近代中国絵画研究は研究対象の量的な多さの前に研究自体がやや足踏み状態であった中、この展覧会で陳列された作品群は状況を打破するための新たな「鉱脈」が惜しげもなく提示されていたのだから、彼らの驚きも当然であろう。

 展示の中心をなした須磨弥吉郎コレクションだが、その「発掘」現場が懐かしく思い出される。本展覧会の企画者である西上実氏が中心となって須磨家の中国絵画調査は数度にわたって行われ、何度か参加させていただいたが、一点一点が作品の大きさに合わせて作られた紺色の布袋に入れられ、それらが概ね作家ごとにぎっしりと保管された蔵はまるでタイムカプセルの開封現場のようであった。今回の展示では、ご自宅の居間で一点一点開封・確認したときに垣間見た印象とは異なり、弥吉郎が近代の中国画壇、美術交流の様相を鳥瞰して収集したものであったことが改めて認識された。2001年の新収品展では約千件に及ぶ寄贈作品の内、ほんの一部が公開されたが、その時点で既に質の高さは誰も認めるところだった。寄贈者であるご子息(故人)が興奮しながら展覧会場を足早にめぐっていた姿が思い出される。もしこの展示をご覧になれたら、その喜びは前にも増して大きなものだったに違いない。

 現在、市場において近代中国画家たちの作品価格が高騰し、オークションでたびたび一億円以上を記録していることはお聞き及びかもしれないが、流通の中心は大家の画風が安定した晩年期、マンネリ化したものである。これに対して、弥吉郎は埋もれた画家や若手の作品を自分の鑑識眼で発掘してコレクションを形成していったため、張大千・斉白石、徐悲鴻・劉海粟といった「巨匠」たちの作品においても、画風形成期における葛藤、画風の振幅が見て取れる。つまり、各々の画家像の構築において非常に重要な作例ばかり。北京・上海・香港・台湾などからも、多くの代表作と称すべき作品が併せて陳列されていたが、それらに比べても遜色はなく、むしろ、画風展開を理解する上で鍵となるような作品が多く、質の高さのみならず美術史学上の重要性が証明された。

 東アジアが直面した「近代」、西洋からの衝撃を受けつつ自らのアイデンティティーを模索した東アジア画壇は、「写生」によって西洋を受容しながら、西洋でも重視された「内面性」を伝統の中に見出して独自性を主張する契機を見出した。中でも日本画壇は近代化に伴ってこれらの問題にもいち早く直面し、新たな方向を示していたこともあり、中国人画家たちは「日本画」の新生面に大きな刺激を受けた。その結果、日中美術交流史上、未曽有の、双方向の密接な影響関係が認められ、東アジア共通の様式が現出した。それは近代日本美術史研究にとっても非常に重要な問題である。残念ながら参観者数から察すると一部を除いてそれほど大きな反応がなかったようだが、近い将来、国内外の研究者によって、この展覧会が研究史上大きな転機となったと語られることになるだろう。

[No.175 京都国立博物館だより7・8・9月号(2012年7月1日発行)より]

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