『京都国立博物館だより』第1号を読んで/ 京都国立博物館列品管理室アソシエイトフェロー 池田 素子

  "竣工近い新陳列館 文化財の保存に心使い"
昭和40年3月に創刊された『京都国立博物館だより』。その第1号にこんな記事が載せられています。
現在、建替え工事中の"新陳列館"=平常展示館(新館)ですが、新築竣工は昭和41年。『京都国立博物館だより』が創刊されたのは、その建設工事が終盤を迎えた頃にあたります。竣工が近づく期待と興奮、工事の喧噪や構内の変化に対する感情的・感傷的な心境。約50年の時を隔てて、建替え工事も今、終盤。この記事の中に今が重なり、私は深く共感してしまうのです。

  "東山の国道にそったこの構内は、上野の山よりアリューサンガスが多いので、先ず有毒ガス、ついでにチリ、ホコリなどを除いた空気を収蔵庫の中へ送りこんで大切な文化財を護る。(略)今までのように、骨まで冷えこむ美術の鑑賞も語り草になろう。"
昭和30年代、亜硫酸ガス=硫黄酸化物などによる大気汚染が問題となり、環境、人体、さらに文化財への影響が指摘されるようになりました。新館が新築工事に入った昭和38年は、金属の腐食や顔料の変色などに関わる、科学的な検証が開始された頃とも重なります。記事では、空調設備の導入によって、文化財を屋外の気候、排ガスや塵埃からまもり、来館者の鑑賞環境が改善されることに大きな期待が寄せられています。
現在は、断熱や空調の技術が向上し、より安定した屋内環境が維持できるようになってきました。しかし一方、建物の気密性が高くなれば、躯体そのものや内装材などから放散される物質が、室内に滞留しやすくなります。「シックハウス症候群」と聞くようになったのは10年くらい前からでしょうか。素材の多様化も伴って、さまざまな化学物質による健康被害が報告され、厚生労働省による指針も示されました。文化財への影響については、すでに昭和40年頃、コンクリートから出るアルカリ性物質の問題が指摘されて以降、さまざまな調査・研究が行なわれ、評価法や基準値の検討が現在も続いています。
博物館の外と内、両方の問題に備え、今回の建替え工事では、空調設備の更新だけでなく、躯体、内装、収納棚や展示台にいたるまで、厳しく選定された材料・工法が用いられました。私たちは、材料試験を適宜行ない、化学物質の濃度測定など環境調査を繰り返しています。
建替え工事は今、できたばかりの建物を十分に養生し、くまなく点検するための期間に入りました。50年前と同じく、博物館が文化財と訪れる人々にとって、安全で快適な場所であるために、今はとても大切な時間なのです。

  竣工を翌年に控え、終わりの見えない工事に苛立つこともあったでしょう。
"快適な美術鑑賞のほかに、静かな憩いの環境が、国の有意義な施設として活用されるように、すでに祈り一杯の日々である"
はやる気持ちを鎮めるように、記事はこう結ばれています。

[No.180 京都国立博物館だより10・11・12月号(2013年10月1日発行)より]

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