「国宝 鳥獣戯画と高山寺」を観て/学習院大学文学部教授 佐野みどり

 本展は、「鳥獣人物戯画」全四巻の修復完成を機とした三十三年ぶりの高山寺展である。四年にわたった修理によって、美しく整えられた「鳥獣戯画」の面白さを味わい堪能したい、修理の過程で判明したという新知見をこの目で確認したいという思いを胸一杯にして博物館に向かった。本館に入場するまで一時間、ようやく第一展示室に辿り着いて、すでにこの展示室にまでも「鳥獣戯画」観覧の行列ができているという混雑ぶりに、少々心が沈む一方で、嬉しい驚きもあった。本展は高山寺展でもあるのだ。

 高山寺に伝来する数々の名宝が、Ⅰ高山寺の開創、Ⅱ明恵上人、Ⅲ高山寺の典籍、Ⅳ鳥獣人物戯画という区分で展示され、高山寺と中興の祖明恵上人をくっきりと輪郭づけている。「高山寺絵図」「神護寺絵図」は、神護寺から高山寺まで歩いたことのある者にとって、寺領の境界を明らかにするという両図の機能とはべつに、惹きつけられる絵図である。「学問印信掛板」「課業印信掛板」、以前の高山寺展でも出陳されていたのかもしれないが、著者にとっては初見で、今回特に興味深いものの一つであった。経書を誦すごとに穴をふさいでいくという。そして、明恵上人の賛文が書き込まれている「仏眼仏母像」。さらに、蘇婆石・鷹島石という明恵上人ゆかりの小石。明恵上人が日々手にされたであろう品々が、明恵上人の存在を強く印象づける展示である。また、「神鹿」や「子犬」といった見事な動物彫刻や「華厳宗祖師絵伝絵巻」も鎌倉時代の優品である。

 さて、入場してすぐ左手に、日本の肖像画のなかでももっとも魅力的な作例のひとつである「明恵上人樹上坐禅図」が、空間をたっぷりとって展示されている。ケース内の照明は、幹や岩肌を描き出す柔らかい線描、しなやかな葉の描写、強靱で精緻な面貌表現などをはっきりと見せてくれる。だが小鳥や栗鼠の姿を捜し出すには、この絵は大きすぎて(特に栗鼠はかなり上部に位置している)難しかったようだ。説明書を読み、「小鳥と栗鼠がいるそうだけど、何処かしら」との呟きがかなり聞こえた。栗鼠や小鳥たちの部分拡大の図版を大きく掲示するか、矢印などで位置を示したトレース図を横に置くか、もう少しの解説補助があると、「いるそうだ」だけではなく「あ、あそこにいた!」という歓びの声が増えたであろう。今回の展示キャプションは、いずれも必要充分な情報を簡潔に示したものであったが、総体的にみて、文字情報は抑制気味であったと思う。

 高山寺での華厳興隆の歩みや明恵上人の<人と思想>を彷彿させるこれら寺宝の数々は、本展が高山寺展でもあることを雄弁に物語る。まことに見応えのある展示であった。だが観覧者の殆どが、これらの寺宝を鑑賞できず、ひたすら「鳥獣戯画」のケースまで牛歩の行列に並ぶという苦行を強いられていた。第二室以降、行列は展示室の中央で九十九折りとなり、いったん行列に並ぶと離脱はできない。行列するかケース内を見るか、二者択一なのである。巷では2時間待った、いや3時間だったと噂が飛び交っている。「鳥獣戯画」は、興福寺の「阿修羅像」に負けず劣らず、知名度も親しみも抜群の作品である。とりわけ今回は修復が完了した記念展でもあり、丙巻がもと両面に描かれていたことや、甲巻の料紙が途中で異なっていることなど、新知見も多く、話題性も高い。この国民的アイドル「鳥獣戯画」を見たいと多くの観覧者が集まっている。では、展示会場の設営はそれに対応できているだろうか。会場の制約もあり、ファーストパスのような仕組みも取りにくいことは理解できるが、今回の展示が素晴らしかったが故に、残念に思われる。

[No.185 京都国立博物館だより1・2・3月号(2015年1月1日発行)より]

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