舶来好きな日本人/京都国立博物館研究員 降矢哲男

 高度経済成長期以降、海外の企業名や地域名が付けられた、いわゆるブランド品を日本人がこぞって買い求めた。バブル景気崩壊後、不況が長引き、買い物を控えようとしていた時期でさえもそうした傾向はあった。日常品のように打撃的な影響を受けることなく、日本では海外のブランド品が常に売れ続けてきたのである。もちろん、その品質やデザイン性を好んで購入し、長年愛用する人もいるが、概ね多くの日本人は単にブランド志向によって、舶来品を手に入れようとしているように思える。

 こうした海外の舶来品にある種の憧れをいだくことは、実は、近年に始まったことではない。古くは奈良時代にシルクロードを通じて中国、インド、西アジアなどから運ばれた正倉院宝物などもそうである。それらは、七世紀から九世紀にかけて中国・唐に送られた使節である遣唐使や中国からの渡来僧らによって、唐の文化や制度などとともにもたらされた多くの文物であり、当時の最先端トレンドを持ちこんでいたといえる。その後も平安時代から鎌倉時代にかけての日宋貿易、室町時代の日明貿易、そして、南蛮貿易、長崎貿易と何れの時代も舶来品を求めて活発な交易が行われている。舶来品は強い憧れを持って交易でもたらされ、古来より主に中国を中心に輸入されたものであることから、「唐物」と総称されている。

 室町時代になると、唐物を蒐集、賞玩するだけでなく、美術品としての価値判断がなされるようになる。そこに大きく関わったのが室町将軍家に仕え、芸能や殿中での雑役などを担った同朋衆である。彼らは、将軍家にもたらされた唐物を鑑定し、種類ごとに分類し、等級付けを行なっており、そうした規定を『君台観左右帳記』にまとめている。その中でやきものは、大きく「茶碗物」、「土之物」に区分され、前者には青磁や白磁などの磁器が入り、後者には各種の天目が入れられている。また、「土之物」の中でも、耀変、油滴、建盞などと順序があり、唐物に対して明確な価値観を持っていたことがうかがえよう。

 何れの時代も当時の最先端の文化に憧れて舶来品を持ち込み、それを珍重することに変わりない。一方で、古代以降、ただそれを持ちこむだけでなく、積極的に和様化して日本的なものとして取り入れている。例えば肥前磁器のように、世界で「伊万里」として広く知られるようなものも生み出し、舶来品をも凌いできた。

 日本人は、様々な舶来品に対して明確な価値観を持ちつつ、その好みに合わせて変容させてきた。それら和様化したものも「唐物」と呼び、これらも舶来品と同様に珍重してきた。こうした点からみても、私たちは、ねっからの舶来品好きといえるだろう。

[No.187 京都国立博物館だより7・8・9月号(2015年7月1日発行)より]

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