目指せ、博物館学派/京都国立博物館副館長 伊藤嘉章

 平成二十七年秋、京都国立博物館は琳派展で大いに賑わっておりました。江戸美術の特色のひとつに「分かりやすく綺麗」ということがあります。「分かりやすい」と言ってもレベルが低いというのではありません。誰しもが入っていけるということです。琳派の美術は、まさに誰もが楽しむことができるものであり、そして奥行の深いものです。だからこその琳派展の賑わいであり、そうした琳派展を見ながら思う所がいくつもありました。その最大のものが「目指せ、博物館学派」です。

 今回の琳派展で、仁清の茶壺が出品されていました。この作品を出品する案が示された時に、絵画の研究者から「乾山は分かる。どうして仁清?」という声が上がりました。尾形光琳の弟、乾山の作品なら分かる。どうして仁清が琳派なの、という疑問です。この展覧会をご覧いただいた皆様であれば、この疑問を不思議なものと思われたことでしょう。会場で仁清の「色絵芥子文茶壺」(重要文化財 出光美術館蔵)が部屋の中央に飾られ、その背後には京都国立博物館の「芥子図屏風」がありました。その二つは溶け合うような見事なハーモニーを生み出しておりました。

 仁清は狩野派風の絵で飾る「色絵月梅図茶壺」(重要文化財 東京国立博物館蔵)もありますが、今回の芥子の茶壺のように琳派風の絵によって飾られた茶壺も作っています。絵画で当たり前のことを陶磁の人間が知らないこともあるように、陶磁の世界では知られている仁清の琳派風の表現が絵画の世界では知られていなかったということです。

 琳派展にもどりましょう。琳派、とりわけ工芸の盛んであった京の琳派の世界では、美術と工芸の世界とがひとつとなっていました。光悦は書を書き、漆を作らせ、茶碗を作る。光琳は絵を描き、漆を作り、染織のデザインを行う。乾山は陶器を作り、絵を描く。絵画では、工芸意匠に見られるような大胆な省略が使われ、見る者の心をつかんでいく。

 日本では明治初年に西洋美術の概念が入ってくるまで、「美術」と「工芸」とを明確に区別することはありませんでした。それを現在のわれわれは、専門という名のもとに、「工芸」の「陶磁」の「日本陶磁」の…と細分化しながら自らの世界を作ってしまい、工芸と美術の世界も別々に考えてしまいがちです。

 さて、博物館学派です。我々博物館の人間は、展示という素晴らしい仕事があります。展示することで、例えば先ほどの仁清の茶壺が琳派の屏風とシンクロする世界を自ら感ずることができるのです。そしてそれぞれの専門領域を持つ者同士が、そうした作品の前で語り合うことができる。これぞ作品を実際に扱う博物館ならではの醍醐味なのです。
接写レンズと広角レンズを合わせ持つ。自身の専門領域では深く、そして日本美術という所ではそうした領域を越えて見ていける。そんな「博物館学派」を目指したいという思いを強くしたのでありました。

[No.189 京都国立博物館だより1・2・3月号(2016年1月1日発行)より]

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