過去から未来への文化財レスキュー/京都国立博物館研究員 井並林太郎

 昨年の12月、私は熊本県に3日間滞在した。熊本地震で被害を受けた文化財の保守作業をおこなうためである。文化庁は、被災文化財等を保全する取り組みを「文化財レスキュー事業」として位置づけ力を注いでおり、当館の研究員・事務職員も作業のためしばしば現地に派遣されているのである。  私たちは被災文化財の一時的な保管場所に集まり、旧家に伝えられた道具類のクリーニングをおこなった。その家の蔵は半壊してしまったらしく、雨水などにさらされてしまった多くの文化財が、泥の付着やカビの発生といった被害を受けていた。私たちはそれらを清掃・消毒して将来の致命的な損壊から防ぐのである。なお、こうした作業に集中して取りかかれるのは、震災発生直後から迅速な対応をおこなってきた方々が各機関と連携し体制を整え、多くの作業員が崩壊の危険のある蔵から文化財を救出した、そうした労苦の賜物にほかならない。

 取り扱った文化財の多くは漆器や金属器であったが、ひとつ、多量の本やノート、手紙が収まった大きな櫃があった。明治時代のものらしい。紙に筆記された文字は、つい数十年前までは生きていたであろう人の、生々しい存在の証である。すでに乾燥の処置はされていたが、紙はしみに染まり、黒ずんだ砂が端々にまで入りこんでいた。限界はあるが、なるべく丁寧にそれを払い落としていく。

 このとき思い出していたのは、当館に所蔵されている鎌倉時代の絵巻物「若狭国鎮守神人絵系図(わかさのくにちんじゅしんじんえけいず)」のことである。この絵巻物は、福井県の若狭彦・若狭姫神社の創建縁起や、同社の社務職を務めた笠氏の歴代肖像を描いたもので、若狭における信仰の歴史を語るうえで欠かせない作品である。ただ、しみが紙の大部分を変色させ、しわも黒ずんでいるため、絵柄が不鮮明になってしまっている箇所がある。とくに巻頭部分は、変色がより甚だしく、紙の欠失も大きい。しみの現れかたなどから察するに、過去に巻かれた状態で水害に遭ったのであろう。作品が損傷したのはおそらく16~17世紀頃のことと思われるが、これを目にした人々の心中は、察するに余りある。

 明治時代の汚れた紙を黙々と掃除していると、この絵巻を守ろうとした過去の誰かも、まず風乾させ、紙に付着した汚れを除去するところから「レスキュー」を始めたのだろう、と思い浮かべられるような気がしてきた。我々が今日この鎌倉時代の名品を目にすることができるのは、その名もなき誰かのおかげである。

 3日間の熊本滞在で清掃できた文化財の数はあまりに少ない。しかし、この仕事が少しでも、旧家の、ひいては地域の記憶を未来に伝えることにつながるのであれば幸いである。

[No.194 京都国立博物館だより4・5・6月号(2017年4月1日発行)より]

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