文化財の保護と活用─観光行政とのかかわり─/京都国立博物館保存修理指導室長 大原嘉豊

 文化庁の地域文化創生本部が当館に近い東山の地に先行移転して程ない平成二十九年四月十六日、山本幸三地方創生担当大臣の口から「(観光行政の推進に文化財保護を掲げて抵抗する)一番のガンが文化学芸員だ」との言葉を頂戴してしまった。報道されると即座に批判が殺到し、大臣は撤回された。が、個人的にはこうした本音の発言を言葉狩りする気にはならない。観光などによる地方の活性化は、国土の均衡発展や行政システムが依存している地域共同体の維持に必要であって、そのためのお金の動きを継続的に作ることに腐心しているがゆえの流れで理解すべきものである。むしろ私などは現状の内閣官房主導の観光政策推進側のトップの本音を聞かれて、いろいろ腑に落ちると共に、観光振興行政と文化財保護行政とのコミュニケーションの不足を痛感したのである。

 ただ、最初に誤解を解いておくと、学芸員はあくまで文化庁を頂点とする文化財保護行政の体系の末端に連なっているだけである。指定品の公開日数や回数などの公開に関する諸制限は「国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項」として通達という形で地方公共団体の教育委員会に下りてきており、これに従っている。未指定品はこの規制に外れるではないかという意見もあるかと思うが、未指定だから価値がないわけではないうえ、物質として同じ特性を持つ以上、指定品に準じた扱いがモラルとして要求されるわけである。

 なぜこのような規制が掛けられているかというと、日本の文化財は素材の特性上、非常に脆弱だからである。地方によっては公立博物館・美術館が、教育委員会ではなく、地域観光・産業振興の観点から首長部局に属せしめられていることからもわかるように、学芸員も文化財が観光コンテンツの一つであることは十分認識している。しかし、文化財を消耗するような使い方は文化財保護行政に連なる者としてできないのである。

 文化財の現地公開は、環境のコントロールが難しいので問題はあるが、意義は高い。文化財は寺社所有のものが多いが、寺社は檀家や氏子で支えられている。当館は、明治維新以降経済的基盤を失った寺社の文化財を保全する目的で創設された経緯から寄託品が多く、寺社とのお付き合いが深いが、やはりたまにはご覧頂かないと所蔵者側に愛着がわかないのであって、それゆえに寺社の特別公開にはなるべく協力している。この愛着がなぜ必要かというと、そのものの持つ文化財的価値と保存への注意喚起もさりながら、修理で金銭的な負担をお願いしないといけないからである。文化財的価値が高い作品ほど、その修理には高度な技術が必要となり、それは人件費として覿面に施工費に反映される。筆者は職掌上、修理の資金関係の相談を受けることが多く、理解を得るのに苦心している。

 しかも、この寺社を支える地方の地域共同体が崩壊しつつあり、現在の寺院数は今後二十五年の間に六割に減ってしまうという研究もある。そうなると、修理で公的補助の枠を広げることを将来的に想定していかねばならないが、原資が税金である以上、一般の理解が必要になってくる。そのためにも公開が重要になる。筆者は「見て頂くのも文化財保護」と口癖のように言っているが、その趣旨はここに尽きる。

 書画の修理は素材の問題から百年毎に行うのが望ましいとされている。大切にされてきた昔より更に積極的に文化財を活用するとなると、そのサイクルは必然的に短くなる。また、寺社の文化財は信仰の対象であったからこそ後世に残そうと努力されてきた面があり、その点への配慮も必要である。筆者は、観光行政の背後にこれらに対する覚悟と対策があるのかということがむしろ問題になると思うのである。文化財保護が人によって成り立つ以上、手を取り合えるとは考えているのであるが・・・。

[No.195 京都国立博物館だより7・8・9月号(2017年7月1日発行)より]

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