京都国立博物館には坂本龍馬に関する資料が収蔵されています。その多くは、実家である坂本家から昭和六年に寄贈されたもので、家族へ宛てた書簡(手紙)類や坂本家の先祖書、海援隊の記録、そして刀などの遺品類です。また、龍馬が亡くなった京都の近江屋子孫の井口家からも紋服や血染屏風、書簡などをご寄贈いただきました。これらの坂本龍馬関係資料は伝来が確かなうえ彼の思想や活動を知ることのできる貴重なものと評価され、平成11年に国の重要文化財に指定されました。
  坂本龍馬が現代の私たちを魅了してやまない理由は、彼が成し遂げたいくつかの功績にあります。その代表は、長州藩と薩摩藩という二大雄藩を仲介して薩長同盟を成立させたことでしょう。それによって倒幕維新という歴史の方向性が定まったとされています。龍馬は、長州藩代表の木戸孝允が記した同盟密約の書状にそれを保証する朱書の裏書を行なっています。宮内庁の木戸家文書に残るこの裏書は、龍馬が歴史に残した記念碑といえるものです。また慶応三年(1867)十月には、土佐藩を通じて大政奉還を幕府に働きかけそれを実現させています。この時期書かれた「新政府綱領八策」は、憲法の制定や議会の開設など維新政府の骨格が示されていて、近代国家の方針を定めた貴重な文書ということができます。
  龍馬のもうひとつの魅力は、彼の書いた書簡に見られる人間性にあります。姉の乙女や兄の権平、姪の春猪など、家族や親しい知人へ出した書簡には、彼の赤裸々な心情が巧みな比喩とユーモアを交えて綴られていて読む人を飽きさせません。伏見の寺田屋で襲われて切り抜けた際の様子や、妻のおりょうと共に登った霧島山高千穂峯の様子などは、平明な文章で丁寧に描写されていてその光景を眼前にするようです。現存する龍馬の書簡は130余通、今回はその約半数にあたる60通余りの直筆書簡を展示します。
  そのほか、自らも尊王思想をもった画家による絵画作品、ペリーの浦賀来航を驚きと好奇の眼差しで描いた絵巻の類、龍馬が生まれ育った土佐の風土と坂本家に関する資料、さらに京都を中心とした幕末の諸争乱の様子を描いた絵図や瓦版、関門海峡での海戦関係資料などあわせて162件の作品をとおして、龍馬が何を考え、表現し、行動したかを辿ります。龍馬の手紙がこのように一堂に会することはまたとないことです。是非とも御覧ください。