京都開教と西国への展開
日蓮の直弟子・六老僧のうち日朗は、優れた弟子を輩出しました。なかでも日像は幼いころ日蓮に対面し、のちに日蓮の悲願であった京都での布教に成功しました。さらにその弟子の大覚妙実によってその基盤は確実なものとなり、貞和元年(1345)に日静が本国(圀)寺を鎌倉から京都六条に移転させたことにもあずかり、京都の日蓮法華宗は勢いを増し、西国への展開を強めていきました。ここでは、京都での初期の日蓮法華教団の歩みを振り返ります。
餓鬼腹茶入 京都・本圀寺蔵