「流転100年佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展によせて―もうひとつの再会
/大和文華館学芸部長 泉 万里

 昨秋の特別展の広報では、1919年に解体、分割された「佐竹本三十六歌仙絵」のうち、住吉明神の風景を描く1図と、歌仙を描く30図の「奇跡の再会」が大きく報じられた。

  むろん、本展は佐竹本だけではなく、「‥‥と王朝の美」とタイトルに付け足されているように、歌仙絵も含め、和歌から生まれた多彩な造形を一望するとともに、長い伝来の過程で、大勢の歌仙を並べた歌合せ絵や、美しく書写された和歌集が、巻子や冊子といったもとの形をほどかれ、分割された後に新たな姿で蘇る、作品の転生にも光を当てた展覧会であった。特別の場合を除けば、そうした作品に加えられた変更が、いつ、誰の手によってなされたのかといったことはよくわからない。しかし、「佐竹本三十六歌仙絵」は、その解体が百年前の「事件」であったために、解体の経緯から断簡となった歌仙絵の再生と流転の軌跡までを追える稀有な例になるのだ。

  展示会場には、30人の再会をことほぐように、1幅ずつ、床の間に見立てたディスプレイに歌仙絵が陳列された。まことに盛観であった。しかし、そこに現れたのは、歌仙よりも、贅を凝らした表装の競演とよぶべき光景だったと言ったら叱られるだろうか。仮設にせよ床の間という場に飾られたことで、掛幅というモノの存在感が前面に押し出され、こうして表装も含めて絵画を味わってきた文化が、厳然としてあったのだということを教えられた。

  本展で注目された表装のひとつは、「坂上是則像」(文化庁蔵)のものだ。室町時代の屏風絵か襖絵だったと思われる画面から切り取った、10片余りの断片を、巧みにつぎはぎして作られた紙製の表装である。風袋のない、すっきりとした文人表装の形式をとっているのは、表装の絵も存分に見て欲しいという思いがあってのことだろう。描かれているのは、雪をかぶった松と群れ遊ぶ3頭の鹿からなる、冬山の風景だ。是則の傍らに書き付けられた、吉野の冬に思いをはせる詠歌にふさわしい景色に金の雲霞が花を添える。

  私がこの表装に気づいたのは、15年前のことだ。京都国立博物館の今は取り壊されてしまった「新館」の常設展示室の一隅で、雲母特有の鈍い輝きを放つ表装に包まれた「是則像」に出会い、この表装に使われたのは、雲母引きの紙に、金箔をさまざまな形に切って貼った雲や霞を配した、室町時代の大画面絵画の一部にちがいないと思った。雲や松、雪山の描法は「日月山水図屏風」(金剛寺蔵)や「日月図屏風」(東京国立博物館)の右隻に近い。

  そして、2年前に、MOA美術館を訪問した際に、展示されていた「平兼盛像」(MOA美術館蔵)の前で足が止まった。その表装の中廻しにも、「是則像」と同じ画面の一部と思われる紙が使われていたからだ。その分量は、わずかなものである。しかし、格式を備えた塀や、中景部分に相当すると思われる、やや大きなサイズの木々に雪が降り積もっている情景を見ることができる。兼盛の詠歌は大晦日の感懐を詠うもので、季節は冬。そこで「是則像」の表装に使った雪景色の画面の余りが活用されたのだろう。二つの歌仙絵は、同じ場所で表装されたとおぼしい。

  それ以来、この2点の掛幅を並べて、表装部分を見比べたいというのが私の夢だった。そして本展で、その夢が叶った。離ればなれになった屏風の画面は、隣り合って並んだ会場で久闊を叙していたに違いない。こうして、歌仙の再会のかげで、もうひとつの再会がひっそりと果たされていたことを慶賀したい。

[No.205 京都国立博物館だより1・2・3月号(2020年1月1日発行)より]

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