開催概要
再開館のお知らせ ―2021年5月12日(水)~
全館臨時休館のお知らせ ―2021年4月25日(日)~5月11日(火)
展覧会名 | 凝然国師没後700年 特別展 鑑真和上と戒律のあゆみ |
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会期 | 2021年3月27日(土)~ 5月16日(日) 再開館のお知らせ ―2021年5月12日(水)~ 全館臨時休館のお知らせ ―2021年4月25日(日)~5月11日(火) 前期展示:2021年3月27日(土)~4月18日(日) 後期展示:2021年4月20日(火)~5月16日(日) ※一部の作品は上記以外にも展示替を行います |
会場 | 京都国立博物館 平成知新館 |
交通 | JR、近鉄、京阪電車、阪急電車、市バス 交通アクセス |
休館日 | 月曜日 再開館のお知らせ ―2021年5月12日(水)~ 全館臨時休館のお知らせ ―2021年4月25日(日)~5月11日(火) ※ただし5月3日(月・祝)は開館、5月6日(木)休館 |
開館時間 | 9:00~17:30(入館は17:00まで) ※夜間開館は実施しません。 |
観覧料 |
一 般 1,800円(1,600円) 大学生 1,200円(1,000円) 高校生 700円 (500円)
<すでにチケットをご購入なさった方へ> |
記念講演会 |
●3月27日(土) ●4月3日(土) ●4月10日(土) ●4月17日(土) ●5月15日(土)5月8日(土) 【時 間】13:30~15:00 【会 場】平成知新館 講堂 【定 員】各100名 ※適切な間隔を保つため、定員100名(通常の半数)にて実施いたします。着席場所は係員の指示に従ってください。 【料 金】聴講無料(ただし、講演会当日の本展覧会観覧券が必要) 【参加方法】当日9:30より、平成知新館1階グランドロビーにて整理券を配布し、定員になり次第、配布を終了します。 |
キャンパスメンバーズ講演会 |
京都国立博物館キャンパスメンバーズ会員校の学生及び教職員を対象に、本展示の見どころなどを解説する講演会を開催します。 【日 時】2021年4月21日(水)15:00~16:00(14:30開場) 参加方法など詳細は、 特別展「鑑真和上と戒律のあゆみ」キャンパスメンバーズ講演会 |
【中止】関連イベント |
●シンポジウム「日本における梵網経と菩薩戒思想の問題」 【日 時】2021年5月9日(日)12:30~16:45(受付12:00~) 【会 場】平成知新館 講堂 【定 員】80名 【料 金】無料(ただし特別展「鑑真和上と戒律のあゆみ」の当日の観覧券が必要) 【参加方法】当日12:00に直接平成知新館 講堂までお越しください。(先着順) 【プログラム】公益財団法人仏教美術研究上野記念財団ウェブサイト 【主 催】公益財団法人仏教美術研究上野記念財団、京都国立博物館 |
音声ガイド | 【貸出料金】1台600円(税込) 【収録時間】約35分 【言 語】日本語・英語 【貸出受付時間】9:00~16:45 |
展覧会図録 |
一冊3,300円(税込)(A4変形・336頁・掲載作品160件) 詳細は特別展図録 |
主催 | 京都国立博物館、律宗総本山 唐招提寺、日本経済新聞社、京都新聞、NHK京都放送局 |
特別協力 | 華厳宗大本山 東大寺、真言宗泉涌寺派総本山 御寺 泉涌寺、真言律宗総本山 西大寺 (五十音順) |
協賛 | 岩谷産業、カシオ計算機、NISSHA、日本通運、三井不動産 |
展覧会公式サイト | ※展覧会公式サイトは終了しました。 |
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展覧会の見どころ
鑑真(がんじん 688~763)は、中国・唐時代の高僧で、律の大家として尊敬を集めました。
しかし、日本での戒律の整備を目指していた聖武天皇の意を受けた日本僧・栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)より懇請され、その地位をなげうち、5度の日本への渡航失敗と失明をものともせず、天平勝宝5年(753)、6度目にしてようやく日本の地を踏みました。その後、唐招提寺を拠点に、中国正統の律の教えを日本に定着させ、日本仏教の質を飛躍的に高めました。
律とは僧侶のあるべき姿を示し、戒とは僧俗の守るべき倫理基準です。戒律を学ぶことは、僧侶とは何か、仏教とは何かを問い直すことでもあり、日本が社会変動を迎えるたびに、幾多の名僧が戒律に注目し、仏教の革新運動を起こしました。特に、鎌倉時代には、唐招提寺の覚盛(かくじょう 1194~1249)、西大寺の叡尊(えいそん 1201~1290)、泉涌寺の俊芿(しゅんじょう 1166~1227)をはじめ、没後700年を迎える凝然(ぎょうねん 1240~1321)などの英傑が登場し、戒律の精神にもとづき社会福祉事業などを行い広範な支持を集めました。そして、安定社会に見える近世においても、明忍(みょうにん 1576~1610)や慈雲(じうん 1718~1805)などによって重要な律の復興運動が展開されました。
本展では、日本仏教の恩人と言うべき鑑真の遺徳を唐招提寺に伝えられた寺宝によって偲ぶとともに、戒律のおしえが日本でたどった歩みを、綺羅星のような名僧の活躍と関係諸寺院の名宝を綴ることでご紹介します。
第1章 戒律のふるさと─南山大師道宣に至るみちすじ─
律とは僧侶の集団⽣活を⾏う上で⽣じた問題点を弟⼦が釈迦に聞いたものが、各部派で整理されていったものです。仏教が中国に伝わった際にも、律は僧侶のあるべき姿を⽰すものとして重視されましたが、中国の僧にとってインドの⾵俗は⽂献だけでは理解できないことが多々あり、戒律研究のためにインドに渡る僧侶を輩出しました。こうした中国の律学研究を集⼤成したのが、南⼭⼤師道宣(596~667)です。道宣の系譜は南⼭律宗と⾔われ、中国の主流として⻑く続きました。
第2章 鑑真和上来日─鑑真の生涯と唐招提寺の創建─
鑑真(688~763)は唐の揚州(江蘇省)の⽣まれ、律は道宣の系譜を継いでいます。揚州・⼤明寺の住職を務めていた時に(天宝元年/天平14年〈742〉)、聖武天皇の意を受けた⽇本僧、栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から戒律を⽇本へ伝えるよう懇請されました。鑑真は地位を擲ち⽇本への渡海を試みますが、5回にわたり挫折し、6度⽬にして漸く⽇本の地を踏みました。時に天平勝宝5年(753)のことで、その厳しい⾏旅により既に失明していたことはよく知られています。朝野の歓迎を受け、東⼤寺に戒壇を整備した後、唐招提寺を賜り、後進の指導にあたりました。本章では国宝「鑑真和上坐像」を中⼼に、鑑真の⾜跡を⽬でたどります。
第3章 ⽇本における戒律思想の転換点─最澄と空海─
仏教が⺠衆救済に向き合うようになると、戒律に対する姿勢も変化します。その最初が、天台宗の最澄(767、⼀説766~822)です。最澄は釈迦から隔たった⽇本では戒律をそのまま守り得ないと考え、皆が守れるような最低限の規範としての⼤乗戒に注⽬し、南都と異なる⽴場を取るに⾄りました。この思想は⼤きな転換点となり、浄⼟宗の法然(1133~1212)や浄⼟真宗の親鸞(1173~1263)、⽇蓮法華宗の⽇蓮(1222~1282)に継承されています。
また、空海(774~835)が唐から伝えた密教は、従来の戒律を重んじたほか、三昧耶戒と呼ばれる特有の戒が存在しました。また、密教の本場主義は、戒律運動が釈迦への原点回帰を⽬指した際の道しるべとなりました。
第4章 日本における戒律運動の最盛期─鎌倉新仏教と社会運動─
鎌倉新仏教と呼ばれる⺠衆に向き合った仏教⾰新運動において、戒律は重要な役割を果たしました。覚盛(1194~1249)、叡尊(1201~90)は、唐招提寺、⻄⼤寺をそれぞれ拠点として戒律を復興し、現在の律宗と真⾔律宗の基礎を築きました。また、東⼤寺では戒壇院を中⼼に戒律研究が進み、凝然(1240~1321)という⼤学者も現れました。彼らは弟⼦にも恵まれ、勧進、すなわち⺠衆の⼒を結集することによって社会福祉事業の実践に⼤きな⼒を発揮し、鎌倉時代を通じて⼤きな影響⼒を持ちました。また、俊芿(1166~1227)は、中国・南宋に渡って戒律を学び、帰国後、泉涌寺を中⼼に活躍しました。彼らの仏教改⾰にかけた熱い思いを、遺品を通じてご紹介します。
第5章 近世における律の復興
近世では再び戒律復興運動が盛んになります。その先鞭をつけたのが、京都・槙尾の西明寺に拠った明忍(1576~1610)です。戒律運動の第二のルネサンスというべく、宗派を超えて多くの逸材が現れましたが、とりわけ慈雲(1718~1805)の名が知られています。
慈雲は梵学(サンスクリット研究)の大家として有名でした。この仏教の根源を問う学究的態度こそ、近世戒律復興運動を特色づけています。彼らは大坂や江戸といった大都市圏にあって、理知的な態度で社会と接し、商工業を生業とする新興の町人層の職業倫理形成に大きく寄与しました。近世戒律思想は、江戸時代仏教でもとりわけ大きな存在感を示しており、明治時代以降の近代仏教革新運動に通じる斬新さを持っています。