こんにちリン! 
  トラりんだリン!
7月に京都市内におでかけに行ったリン!え?どこかって?それは...
 (竹下研究員)
(竹下研究員)
  やっほートラりん! 
 (トラりん)
(トラりん)
  竹下研究員!

  トラりんと京博以外で会うなんて不思議な感じだね! 

  ほんとだリン!7月の京都は祇園祭一色だリン! 

  私たちも祇園祭のうちわを持って参戦!ちなみに、このうちわは7月15日限定で、京都の各所で配られた限定うちわだよ♪ 

  京博の夜間開館を紹介しているリン!ゲットしたおともだちは、ぜひボクに知らせてね!ところで竹下研究員、ここはいったいどこなの?

  ここは、「函谷鉾(かんこぼこ)保存会」の鉾ビルだよ! 

  あれ!?これ、見覚えがある...! 

  そう、鉾ビルの玄関に飾られたしめ縄には、「紙垂(しで)」がほどこされているね。 

  ボクが作った「しで」は、こんなところにあったの?!
	

  紙垂は神域との境界を示すところにつけられているよ。祇園祭は神事だから、いたるところで紙垂を見ることがあると思うよ。トラりん作の紙垂は、さてさてどこにあるかな...? 

  これからも探してみるリン♪ 

  それでは、きょうは祇園祭の山鉾のひとつ、函谷鉾の町会所を訪問させていただくよ。 

  どんなところ? 

  まず、祇園祭について簡単におさらいしようか。トラりんもすでに知っていると思うけど、祇園祭は京都の八坂神社のお祭りで、1か月にわたって行われるよ。見どころは何といっても、京都の町衆によって受け継がれてきた山鉾行事!祇園祭の山鉾行事は、国の重要無形民俗文化財に指定されていたり、ユネスコの無形文化遺産に登録されているよ。今は34基の山鉾が巡行しているなかで、こちらの函谷鉾は、応仁の乱以前に起源をもつ歴史ある鉾。きょうはトラりんに、函谷鉾にちなんだ「ある人」を紹介したいと思うんだ。 

  え~!だれかな? 

  さっそく建物に入ってみよう! 
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 (岡本理事長)
(岡本理事長)
  こんにちは、孟嘗君(もうしょうくん)です!

  もうしょうくん!? 

  孟嘗君のポーズでお出迎えしてくださったのは、函谷鉾保存会の岡本理事長だよ。 

  失礼しました、こんにちは!函谷鉾保存会にようこそ。 

  こんにちは、きょうはよろしくお願いします。 

  こんにちリン!ねぇねぇ、もうしょうくんって? 

  祇園祭の山鉾にはそれぞれ由来があり、「函谷鉾」という名前は中国の故事に由来しています。戦国時代に孟嘗君という人物が、秦(しん)の昭王(しょうおう)から逃れる際に、夜間は閉門している「函谷関(かんこくかん)」という関所に阻まれてしまいます。函谷関の決まりで、夜明けに関所の鶏たちが鳴いたら開門することになっていました。そこで孟嘗君の部下のひとりが得意とする鶏の鳴き真似をすると、関所の鶏たちが驚いて一斉に鳴き、関守が門を開いて見事に函谷関を突破した、というお話にちなんでつけられました。というわけで、われらが函谷鉾のシンボルは「孟嘗君」の天王人形(てんのうにんぎょう)で、左手をこんなふうにあげたポーズなんです。 

  へ~!おもしろいお話だリン!竹下研究員が紹介したい「ある人」って、岡本理事長のこと? 
  
  理事長ももちろんなんだけどね、トラりん。 

  もうしょうくん? 

  孟嘗君のお像、天王人形は、一般公開はされていないんだ。 

  ちなみに孟嘗君像は、函谷鉾の真木(しんぎ・鉾の中心にそびえ立つ木)に取り付けられているんですよ!榊(さかき)よりも高い位置にあるので、肉眼ではなかなか見えづらいかと思いますが、鉾を見上げるときにはこの勇ましいポーズを思い出してくださいね。

  分かったリーン!もうしょうくんは函谷鉾の大切な象徴なんだね♪ 
  あれ?でもそれじゃあ、竹下研究員が紹介したい人っていったいだれなのかな? 

  それでは今から、トラりんも一緒にこちらの神殿にご挨拶しましょう。 

  お参りするの?あ!「しで」があるリン! 

  2礼、2拍手、1礼でお参りするよ。トラりん、できるかな? 

    うん!  

  こちらの神殿は、普段はここにはないんです。祇園祭の祭事の始まりである7月1日の「吉符(きっぷ)入り」の前日に作ります。吉符入りでは、八坂神社のご神職をお迎えして、祭の無事と安全を祈願します。向かって右手は、八坂の御祭神、牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りしています。そして左手には、稚児人形の「嘉多丸君(かたまるぎみ)」がいらっしゃいます。 

  こちらの「嘉多丸君」こそが、今回トラりんに紹介したい方でした! 

  かたまるぎみ!
  初めましてだリン!
  
  トラりんは「稚児人形」って聞いたことあるかな? 

  うーん、ひな人形なら知っているけど... 

  祇園祭では、平安時代頃から「お稚児さん」という伝統がありました。お稚児さんは8~10歳の男の子が選ばれ、神様のお使いという特別な役割を持って山鉾に乗ります。特別な化粧と装束に身を包んで、山鉾巡行における神事で様々な儀式に臨みます。 

  「お稚児さん」という子どもが、山鉾に乗るんだね! 

  ただ、今もなお、人間の男の子がお稚児さんになる、いわゆる「生き稚児」の伝統を受け継いでいるのは、長刀鉾(なぎなたぼこ)だけです。 

  じゃあ、ほかの山鉾にはお稚児さんがいないの? 

  今は、「生き稚児」の代わりに「稚児人形」を乗せている鉾が多いんだよ。 

  そして、山鉾巡行に初めて「稚児人形」を取り入れたのが、この函谷鉾なのです。 

  あ!もしかして、神殿にいらっしゃるかたまるぎみのことかな? 

  そうだよ、トラりん。稚児人形を導入することになる経緯をお話ししましょう。江戸時代に、「天明の大火」(1788)という火事があり、多くの山鉾が被害を受けました。函谷鉾も焼けてしまい、先人たちの努力のもと、火事から50年後の天保10年(1839)に再建しました。このとき、ほかの町に先駆けて一條家の若君、当時は5歳だった一條実良君(いちじょうさねよしぎみ)をモデルに稚児人形を製作したのです。当時の函谷鉾町は稚児が出せる家がなく、また鉾再建にかかる費用も大変なものでした。「生き稚児」を出せるまでしばらくの間、ということで許可を得て、稚児人形に踏み切りました。 

  そうだったんだ! 

  そしてね、トラりん。実はこちらにいらっしゃる嘉多丸君は、つい最近まで、京博にいらっしゃったんだよ。 

  え!京博に?

  そう、京博の敷地内に設置されている文化財保存修理所で、最近まで修理されていたんだ。修理は、ふだん仏像修理を行っている公益財団法人・美術院が担当したよ。 

  天保10年(1839)、他の町に先駆けて製作された嘉多丸君は、長年の巡行で傷んだ箇所もあり、大修理するべき時期でした。巡行の振動にもしっかり耐えられるよう、京博の修理所で丁寧に修理していただき、晴れやかなお姿になって戻って来られました。 

  びっくりだリン...!祇園祭と京博が、こんな形で関わっているなんて、ボク知らなかった! 

  これまでも京博は、山鉾連合会からの依頼を受けて、さまざまな山鉾の修理事業に携わってきたんだよ。展覧会の開催だけでなく、様々な文化財を保存・修理することで、未来につなげることも博物館の大きな役割なんだ。 

  文化財を未来につなげるために、同じ京都で、協力し合っているんだね! 

  そう!そして、祇園祭は有形文化財と無形文化財が一体となったお祭りなんだよ。 

  感動だリン...☆ 

  きょうは函谷鉾を訪ねてくださり、ありがとうございました。山鉾巡行に向けて、鉾ビル付近はいちだんとにぎやかになります。虎ブログ読者の皆さんも、いつか函谷鉾に遊びに来てくださいね。 

  お忙しい中、お時間を作っていただき、ありがとうございました。 

  岡本理事長、ありがとリーン!(分身りんを肩に乗せてくれているリン...) 
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  今回は、嘉多丸君がつないでくれたご縁で、トラりんにも祇園祭の一部を体験してもらおうと函谷鉾保存会で話し合い、トラりんにも色々な行事に参加してもらいました。 

  ありがとリン!とっても楽しかったリン♪ 
  食べられない「ちまき」をつくるお手伝いをしたり... 

  囃子方(はやしかた)の「嘉多丸会(かたまるかい)」の二階囃子を聴きに行ったり... 

  鉾が建ってからは、函谷鉾の懸装品(けそうひん)を見に行ったリン!ちまき作りのときに仲良しになった、函谷鉾保存会の伝承委員、斉藤さんが教えてくれたよ♪ 

 (斉藤さん)
(斉藤さん)
  トラりん、また会えましたね。これは懸装品の前掛け(鉾の前にかける巨大なタペストリー)の1つ、重要文化財「イサクに水を供するリベカ」です。新旧2種類ありますが、古い方は16世紀にベルギーで製作されたゴブラン織という織物で、函谷鉾では18世紀初頭から使われています。 

  え!「竹虎図」が生まれたのが18世紀だリン! 

  それじゃ、トラりんの生みの親、尾形光琳が「竹虎図」を描いていたころの京の町では、この織物が祇園祭で使われていたのかもしれないねぇ。 

  そう考えると、なんだかすごいリン...! 

  山鉾の方にも行ってみましょうか。足元に気をつけてね。 

  ドキドキ... 

  そうそう、しっかりつかまって。 

  乗れたリン!

  トラりん、鉾の天井を見てみて。 

  ん?

  わぁ!ツルりん!
  (ツルりん大好きな虎) 

  鉾の天井に飾られるのは、平成28年(2016)に財団法人設立50周年を記念して制作された本金箔の天井幕「長寿をもたらす夜明けの吉兆鶴」です。この天井幕の原画となった作品は、なんと京博所蔵の狩野探幽筆「飛鶴図(ひかくず)」なんですよ。 

  え!
  雪舟伝説展で大活躍だった、探幽さん!しかも京博の館蔵品なんて!こんなところでも、函谷鉾と京博はつながっていたんだね! 

  函谷鉾では通常、鉾建ての後から宵山の期間に鉾の拝観ができます。めったにない機会なので、じっくり鑑賞していってくださいね。そしてね、トラりん。たくさんの懸装品で飾られている祇園祭の山鉾は、「動く美術館」とも呼ばれるんだよ。 

  ん?美術館ってことは...ミュージアム!?

  そう!ミュージアムつながりだね!これからも一緒に、文化財の大切さを伝えていこうね。 

  うん、ボクもがんばるリン!たくさん教えてくれてありがとリーン! 
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  京都商工会議所に京都検定の応援に行ったら、特別にビルから函谷鉾を見せてもらえたよ!てっぺんの鉾頭(ほこがしら)までよく見えるリン♪ん?あの榊の中にひらひらしているのは、もしかして...?
