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展示

2026年7月29日

特集展示「辰馬考古資料館の名品―鉄斎との交友、考古学に寄せるまなざし―」を見に行くリン♪

こんにちリン!
トラりんだリン!

トラりん、エントランスロビーに登場

トラりん(トラりん)
きょうは特集展示を見にきたリン!どんな展示なのかな?
えーと...たつ、うま...?

石田研究員福士研究員
辰馬考古資料館だよ!

トラりん
石田研究員!福士研究員!
石田研究員と福士研究員がそれぞれの頭に辰とウマをつけて登場

トラりん
...2人とも、お正月気分?

石田研究員(石田研究員)
トラりん、今回紹介するのは兵庫県西宮市に所在する「辰馬考古資料館」の名品。この博物館の名前は、辰馬悦蔵(たつうまえつぞう)という創設者の名字にちなんでいるよ。干支は関係ないんだ~。

トラりん
そうだったんだ!辰馬さんってどんな人だったのかな?

福士研究員(福士研究員)
辰馬悦蔵は、明治25年(1892)、兵庫県西宮市で酒造業を営む家に生まれたよ。実業家でもあり、大学で考古学を修めた考古学者でもあったんだ。家業を継いだ後も研究を続けるなかで、銅鐸などが散逸していく状況に心を痛めて、私財を投じて考古資料を集めてその保全に努めたよ。彼のコレクションを展示しているのが昭和51年(1976)に設立された辰馬考古資料館。また、悦蔵の祖父、辰馬悦叟(えっそう)は、同時代を生きた画家、富岡鉄斎(とみおかてっさい)と親交があったんだ。だからこの資料館のコレクションは、考古資料と富岡鉄斎の作品が軸になっているよ。

トラりん
ピコーン💡だから、考古と近世絵画の担当の2人がいるんだね!

石田研究員
トラりん、リアクションは古いけど、のみこみは早いね!

福士研究員
そういうわけで、考古の作品は3F-1・2に、富岡鉄斎の絵画作品は2F-1・2に展示されているよ。2つのフロアにまたがって紹介するダイナミックな辰馬ワールド、ぜひ楽しんでね。

トラりん
それじゃさっそく展示室へ...

トラりん石田研究員福士研究員
れっつごー!
トラりん(寅)、石田研究員(辰)、福士研究員(午)が歩き出す



石田研究員
まず3Fから見ていこう。
辰馬考古資料館の名品といえば何といっても銅鐸コレクション!

トラりん
すごい数の銅鐸だリーン!でも、銅鐸ってそもそもどんなもの?

3F-1展示室の風景。銅鐸62件が展示されている

石田研究員
銅鐸は弥生時代に農耕に関わる重要なおまつりに使われたと考えられているよ。本来は鈕(ちゅう)と呼ばれる吊り手で吊って、ベルみたいに鳴らして使うんだけど、鈕がだんだん本来の機能を失って、装飾化していくんだ。その過程で4つの段階に分類しているよ。銅鐸の変遷は鑑賞ガイドでも紹介してるから、ぜひ手に取ってみてみてね。
鑑賞ガイド(PDF)

トラりん
ベルだったんだ!🔔展示室では、変化していく順番に並んでいるんだね!

石田研究員
最古段階は断面が菱形のシンプルな鈕、古段階は鈕の外側に縁がついてちょっと装飾的になったのがわかるかな。中段階は鈕の断面が扁平になって、内側にも縁が付くよ。新段階になると鈕がさらに幅広く扁平になって、何重にも突線がめぐったり、大きな飾りがついたり、これでは吊るすのはちょっと難しいよね。大きさもこうやって年代順に並べてみると、だんだん大きくなっていくのがわかるでしょ。

トラりん
ほんとだ!

石田研究員
じゃあ、この銅鐸を見てみよう。どんな特徴があるかな?

重要文化財 袈裟襷文銅鐸(けさだすきもんどうたく)(鹿谷寺銅鐸・辰馬416号鐸) 大阪府南河内郡太子町鹿谷寺出土 辰馬考古資料館所蔵 <3F-1 通期展示>
重要文化財 袈裟襷文銅鐸(けさだすきもんどうたく)(鹿谷寺銅鐸・辰馬416号鐸) 大阪府南河内郡太子町鹿谷寺出土 辰馬考古資料館所蔵 <3F-1 通期展示>

トラりん
うーんと、ぐるぐるもよう...

石田研究員
そうそう。ぐるぐるもようは4つに区切られた区画のなかに整然と配置されているよ。文様が鮮明で銅鐸のなかでもひときわ優美だよね。トラりん、鈕をみてみて。

トラりん
「ちゅう」はこの上の部分だね!ひらべったくて大きいリン!それに、ふたこぶの飾りがついているリン!

石田研究員
いいところに気がついたね。斜線のもようが入っているところが本来の鈕の部分。ふたこぶの飾りは飾り耳って呼ぶよ。外側にも内側にも縁がついているうえに、飾り耳もついている。中段階後半に位置付けられるよ。ちょうどこの時期は地域性が強まって、各地でさまざまな銅鐸が作られる時期なんだ。

トラりん
銅鐸にもボクたちみたいに耳があるものがあるんだね♪特徴で時期が分かるリン!

石田研究員
続いてこちらの銅鐸はどうだろう。

重要文化財 流水文銅鐸(りゅうすいもんどうたく)(井向1号鐸・辰馬403号鐸) 福井県坂井市井向出土 辰馬考古資料館所蔵 <3F-1 通期展示>
重要文化財 流水文銅鐸(りゅうすいもんどうたく)(井向1号鐸・辰馬403号鐸) 福井県坂井市井向出土 辰馬考古資料館所蔵 <3F-1 通期展示>

トラりん
なんかもようがあるみたいだけど、はっきりみえないリン!

石田研究員
さびや腐食があるからね。でもよーくみてみて。この銅鐸にはシカやカエル、船と船をこぐ人、武器を持って争う人などが、銅鐸全体にびっしり表現されているよ。

トラりん
え、どこどこ?あ、ほんとだ!シカりんがいるリン!

トラりん、糸電話をもって、「抜虎図」の前に登場

石田研究員
弥生時代の人々は、銅鐸にシカや、鳥、人、カエルや魚などさまざまな生き物や人物を表現したんだ。このような絵画は弥生時代の人々の精神世界を考えるうえでも興味深いよね。なかでも最も多く登場するのはシカ。弥生時代を生きた人々にとって、シカはきっと重要な動物だったんだろうね。

トラりん
(じゅるリンな生きものだったのかな...?)

石田研究員
続いて、辰馬考古資料館の縄文コレクションも見てみよう。ユニークな資料が多いのも特徴なんだ。

土面(どめん) 岩手県一関市大原出土 辰馬考古資料館所蔵 <3F-2 通期展示>
土面(どめん) 岩手県一関市大原出土 辰馬考古資料館所蔵 <3F-2 通期展示>

トラりん
わ、土のお面?土偶りんみたいだけど、表情がちょっとちがうリン...ふしぎ!

石田研究員
スヤスヤ眠っている赤ちゃんみたいでかわいいでしょ。あどけない表情に見入ってしまうよね。これは土面といって土で作られたお面だよ。大きな目は東北地方の遮光器土偶と似ているね。いっぽうで鼻の口の表現はとってもリアル。遮光器土偶と同じ縄文時代晩期に東北地方の岩手県一関市で作られたものだよ。

トラりん
でもこのお面だと、小さすぎておかおに付けられないリン!

石田研究員
そうそう。顔に付けたら顔がはみ出しちゃう。それに後ろをみても顔に装着するようにはできてないよね。
土面の中には実際にお面みたいに顔に装着できるサイズのものもあるけれど、この土面のように小さくて顔につけられないのも多く作られているんだ。後ろをみると紐を通せる孔が2か所あるから、木や壁なんかに吊り下げたのかもしれないけれど、使い方はよくわかっていないんだ。

トラりん
なんだか、神秘的だリン...

石田研究員
見ごたえたっぷりの考古資料だったね。それじゃあ、お次は2Fの富岡鉄斎作品を見に行ってみよう。福士研究員が待っているよ!



福士研究員
トラりーん!待ってたよ~!

トラりん
福士研究員!

2Fにおりたトラりんと福士研究員が再会するシーン

福士研究員
まず、富岡鉄斎ってどんな人だったのか説明しよう。
富岡鉄斎(1836~1924)は、「最後の文人画家」とも呼ばれる日本近代画壇の偉大な画家だよ。職業としてではなく余技、つまり趣味として絵画を制作した文人画家に共鳴し、その様式を基礎としながら独創的な表現を築き上げたんだ。
実際、鉄斎は若い頃から国学や儒学を学んでいて、いくつかの神社の宮司を務めたりもしているよ。京都だと、嵯峨にある車折(くるまざき)神社の宮司だった時期もあるんだ。画家と呼ばれるのを好まず(さっき呼んじゃったけど)、学者をもって自任していた人なんだ。

トラりん
すごい人だリン!いろんなことをしていた人なんだね!

福士研究員
そんな鉄斎は、自分の絵を見るときにはまず賛(画面に記された詩文)を読んでほしいと常々語っていたんだ。それを読めば、何を描いているかがわかるということなんだね。それは、鉄斎の作品が深い学識に基づいて制作されているということでもあるんだよ。

トラりん
ふむふむ...

福士研究員
分かったかな?それじゃあ作品を見ていこう。「王石谷草堂図(おうせきこくそうどうず)」 だよ。

王石谷草堂図 富岡鉄斎筆 辰馬考古資料館所蔵 <2F-1 通期展示>
王石谷草堂図 富岡鉄斎筆 辰馬考古資料館所蔵 <2F-1 通期展示>

トラりん
あ!「賛」があるよ!

福士研究員
お、トラりん、ちゃんと話を聞いていたね。王石谷(王翬・おうき、1632~1717)は中国の清時代初期を代表する文人画家で、その画室(アトリエ)を描いた作品。賛の後半には、書物を読んで人格を修養することが絵を描く上で大切だと書かれているよ。この時代、鉄斎のように古典的な教養に裏付けられた絵画制作を行う画家がほとんどいなくなってしまったという状況を反映しているんだね。「最後の文人画家」鉄斎の嘆きのようなものが感じられると思うんだ。

トラりん
鉄斎さんの「文人画家」としての理想のおうちを描いたのかな...?

福士研究員
賛の前半には、ここに描かれているのは王石谷の画室だということが書かれているんだけど、もちろん鉄斎は実際に画室を見たことがあるわけではないし、かといってたんなる想像で描いたわけでもない。
実は鉄斎のこの作品には元ネタがあって、それが隣に展示している、京都国立博物館所蔵の伝王翬筆「耕煙草堂図(こうえんそうどうず)」なんだ。王翬は王石谷の本名で、つまり王石谷自身が描いたと伝えられる作品だよ。

トラりん
おとなりにある作品がモデルってこと...?鉄斎さんとはまた違う、しずかな絵だリン...!

トラりんと福士研究員が作品を眺めている

福士研究員
鉄斎は、國華社(『國華』という東洋美術研究誌を出版している会社)でこれを観た、と賛に記していて、たしかにこの作品は明治44年(1911)の『國華』250号に掲載されているよ。
今回、この2つの作品を並べて展示できたのは、個人的にはとても嬉しいことだし、そういう機会をいただいた辰馬考古資料館さんには感謝しているよ。

トラりん
この2つの作品が並んでいることに、そんなに深い意味があったんだね!おともだちにも展示室で見比べてほしいリン!

福士研究員
次に紹介するこちらは...ちょっと変わったものが描かれているけど、トラりん、何の絵か分かるかな?ヒントは潮干狩り。

奇貝圖譜(きばいずふ) 木村蒹葭堂(きむらけんかどう)筆 辰馬考古資料館所蔵 <2F-2 通期展示>
奇貝圖譜(きばいずふ) 木村蒹葭堂(きむらけんかどう)筆 辰馬考古資料館所蔵 <2F-2 通期展示>

トラりん
あ!貝だリン!

福士研究員
そう!さまざまな形をした貝が色鮮やかに描かれているね。絵だけじゃなくて、名称やその貝の所蔵者などの情報が書かれているものもあるよ。つまり、図鑑のような性格を備えた本なんだ。

トラりん
図鑑って見ているだけで楽しくなるリン♪

福士研究員
この本が書かれた江戸時代中期18世紀は、博物学という学問がさかんになった時代なんだ。貝だけじゃなく、動植物や鉱物など自然界のさまざまな事物を収集して、分類・記録を行うということが活発に行われるようになったんだよ。
この本を書いた木村蒹葭堂(きむらけんかどう)(1736~1802)は酒造業を営む家に生まれたんだけど、家業のかたわら博物学者としても活躍した人。収集家として書画をはじめとするたくさんの文物を所蔵していて、その中に貝類のコレクションもあったんだ。この本の中には、和歌山の資産家などが所蔵していた貝が写されているよ。

トラりん
「文人」っておもしろいものをあつめるのが好きな人が多いんだね!ボクと同じで、いろんなものに興味しんしんだリン!

福士研究員
最初にも説明したように、辰馬家も酒造業を営んでいたから、蒹葭堂にはシンパシーを感じていたのかもしれないね。今回は蒹葭堂関連の資料を全部で5件展示しているけど、辰馬家がこれらの資料を収集した動機は、案外そういうところにあるんじゃないかな。
それにしても、細かいところまで丁寧に描かれているよね。彩色も見事で、貝好きじゃなくても思わず見入ってしまう魅力があると思うんだ。

トラりん
こんなにいろんな形の貝があるなんて、ボクも知らなかったリン!
\んんんーっ!ぱかっ!/
作品の前で、手を二枚貝に見立てて、貝が開くポーズをするトラりんと福士研究員



トラりん
たくさん見られて大満足だリン!
あ、石田研究員!

エントランスロビーで石田研究員と再会するトラりん・福士研究員。頭上には再び辰・ウマ

石田研究員
トラりん、楽しかったみたいだね。よかった!
鑑賞ガイドもあるから、おともだちに紹介してね。
鑑賞ガイド(PDF)

トラりん
がってんしょうち!辰馬考古資料館、ボクもいつか行ってみたいリーン!

福士研究員
トラりん、おでかけしたくなったかな。辰馬考古資料館は、建替工事で現在は休館しているんだ。

トラりん
そうなんだ!リニューアルが楽しみだリーン♪

福士研究員石田研究員トラりん
京博で待っているリン!



特集展示 辰馬考古資料館の名品―鉄斎との交友、考古学に寄せるまなざし―
■会期:
2026年7月14日(火)~9月6日(日)
■会場:
京都国立博物館 平成知新館3F-1・2、2F-1・2
■休館日:
月曜日、2026年7月21日(火)
※ただし2026年7月20日(月・祝)は開館
■開館時間:
9:30~17:00(入館は16:30まで)
金曜日は20:00まで開館(入館は19:30まで)



石田研究員福士研究員
トラりんの頭にのってるのはもしかして白鷹...?!

石田研究員(頭上に辰)、福士研究員(頭上にウマ)、トラりん(頭上にひらひらした)

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