おひなさまの話

3月3日は「ひな祭り」、この日は女の子の節句です。「うれしいひな祭り」の歌にもあるように、ひな人形を飾り、桃の花を生け、草餅や菱餅をそなえたりしてお祝をします。 京都国立博物館では「ひな祭り」にちなんで毎年3月に人形の展覧会をひらいています。 ここではその「ひな祭り」に飾るおひなさまについてお話しをします。

 まず写真で3つのひな飾りを紹介します


雛 御殿付
<個人蔵>

明治雛
<京都国立博物館蔵>


<京都国立博物館蔵>


大きな御殿付きのセット。江戸(えど)時代に京都でつくられたもの。7段にもおよぶ大きな段飾り。 大正から昭和(しょうわ)時代のはじめにかけて東京でつくられたもの。 昭和10年(1935)に京都でつくられたもの。

 この3つのひな飾りを見くらべてください。2つの京都のひな飾りにあって、東京のひな飾りにないものがあります。それが何かわかりますか? 京都のひな飾りのなかにはカマドや台所のミニチュアがありますね。これは東京のひな飾りにはみられない京都のひな飾りの特色なのです。それから御殿を飾るのも京都の特色です。そのかわり東京のひな飾りは段の数も多く、たくさんのタンスや棚などのひな道具がセットになっています。これは江戸時代以来の江戸(今の東京)の伝統をつたえているのです。このようにむかしは、 江戸(東京)と京都でひな飾りも違っていましたが、現在ではこうした違いもみられなく なりました。

 ところで、3月3日の節句におひなさまをかざるようになったのはいつ頃か知っていますか? おひなさまは、まるで平安(へいあん)時代のお公家さんのようなかっこうをしているので、ずいぶん昔からひな祭りがおこなわれているように思えるのですが、実は 江戸時代になってからのことなのです。それ以前も3月3日の節句はあったのですが、この日におひなさまを飾ったという記録はありません。

 江戸時代は1600年のはじめから1867年まで約270年にわたる長い時代です。この長い時代にはいろいろな種類のおひなさまがつくられました。おひなさまには立った姿の<立 雛(たちびな)>とすわった姿の<坐雛(すわりびな)>があります。



立雛 <京都国立博物館蔵>


<立雛>は江戸時代以前の古い人形のかたちを伝えているといわれますが、江戸時代にもつくられました。<坐雛>は、姿・顔だち・着ている衣服などによって何種類かに分けることができます。

 江戸時代のはじめごろにつくられた<坐雛>に「寛永雛(かんえいびな)」があります。


小さなおひなさまで、女びなは両手を開いた姿で、手先をつけず、着ている衣服もきものに袴(はかま)で古いかっこうをしています。

 「寛氷雛」に続いて古いおひなさまが「元禄雛(げんろくびな)」です。


「寛永雛」に似ていますが、それよりひとまわり大きくなり、女びなは両手先がつき、着ている衣服は十二単風(じゅうにひとえふう)に変わっています。この「寛永雛」や「元禄雛」が飾られた江戸時代前期から中期のはじめ頃までは、ひな飾りも1段か2段の低い台にひな屏風を立て、1組か2組のおひなさまを飾る質素なものでした。  

その後、「享保雛(きょうほびな)」が流行し、だんだんと大きなおひなさまがつくられるようになります。



享保雛 <京都国立博物館蔵>


その他にも顔の丸い「次郎左衛門雛(じろうざえもんびな)」や公家の服装を忠実に写し た「有職雛(ゆうそくびな)」が登場します。


次郎左衛門雛
<個人蔵>

有職雛
<個人蔵>


江戸時代後期になると、上方(かみがた)では豪華な御殿のひな飾りがつくられ、江戸では7・8段におよぶ段飾りがおこなわれるようになります。



古今雛 <京都国立博物館蔵>


「古今雛(こきんびな)」がはやり、段飾りには五人ばやしや官女なども加わってひな飾りはいよいよ豪華になって いくのです。



工芸室 河上(イラスト 普及室 市田)
1993年3月13

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