開催概要

展覧会名 没後150年 坂本龍馬
会期 2016(平成28)年10月15日(土)~11月27日(日)
会場 京都国立博物館 平成知新館(1F・2F)
交通 JR、近鉄、京阪電車、阪急電車、市バス 交通アクセス
休館日 月曜日
開館時間 午前9時30分から午後6時まで(入館は午後5時30分まで)
※ただし会期中の毎週金・土曜日は午後8時まで(入館は午後7時30分まで)
観覧料 一般 1,300円(1,100円)
大学生 1,100円(900円)
高校生 800円(600円)
中学生以下無料

*( )内は前売および団体20名以上。
*前売り券の販売期間は10月14日まで
*障がい者の方とその介護者(1名)は、障がい者手帳などのご提示で無料となります。
*チケットの主な発売場所セブン-イレブン、ローソン(Lコード:52200)、チケットぴあ(Pコード:767-783)、イープラス、JTB各店舗ほか主要プレイガイド、コンビニエンスストア(チケット購入時に手数料がかかる場合があります) *会期中、一部の作品は展示替を行います。
【主な展示替:前期=10/15~11/6、後期=11/8~11/27】
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展覧会ちらし 没後150年 坂本龍馬
主催 京都国立博物館、読売新聞社、読売テレビ
協賛 清水建設、大和ハウス工業、野崎印刷紙業、パナソニック、非破壊検査
協力 日本香堂

展覧会の見どころ

 幕末の志士坂本龍馬が京都で亡くなっておよそ150年。織田信長と並んで日本史上の著名な人物のひとりに数えられる坂本龍馬を主人公にして、幕末史をふり返る特別展覧会を開催します。
 この展覧会では、直筆の手紙のほかに、龍馬の遺品として有名な血染の掛軸や屏風、坂本家の家紋入りの紋服、土佐でもらった小栗流の剣術免状、近江屋で使った海獣葡萄鏡などを一部屋に集めて展示します。
さらに、この十年に進展した龍馬研究の現状について紹介します。個人宅から発見された「越行の記」は、福井に三岡八郎を尋ねるもので、二十一世紀にはありえないと思われていた、驚くべき新発見でした。また、昨年北海道で再発見された龍馬佩用の脇差を、京都国立博物館所蔵の二口の刀ともに展示します。そのほか、幕末の京都を描いた当時の瓦版や錦絵、絵巻物などの絵画作品を通して、ビジュアル面からも龍馬の生きた幕末という時代に迫ります。
日本人はなぜ龍馬に惹かれるのか。この機会に展示会場で確かめていただければ幸いです。

一章  龍馬の生まれ育った時代

 坂本龍馬は1835年に高知城下の郷士(下級武士)、坂本八平(さかもとはちべい)の次男として生まれました。少年期には剣術を学び、1853年には江戸(現在の東京)に剣術などの修行に旅立ちます。
 1853年は、アメリカ合衆国のペリー率いる艦隊が江戸に近い相模の浦賀沖に現れた年。ペリーは徳川幕府に開国を迫り、翌1854年には横浜で「日米和親条約」が結ばれました。当時の日本人は、恐れながらも外国人や西洋の文物に好奇の視線を送り、はじめて目にした黒船や乗員のアメリカ人などを題材に、多くの絵画作品を制作しました。

ペリー来航図(甲寅記事画巻)博物館 <展示期間:前期>
ペリー来航図(甲寅記事画巻)<展示期間:前期>

二章  土佐脱藩と海軍修行

 龍馬が土佐を脱藩したのは1862年のこと。尊王攘夷思想のもと、江戸で幕府旗本・勝海舟の弟子になり、神戸海軍操練所の創設に関わりました。
 この頃、攘夷と尊王(幕府より天皇を尊敬しようとする考え方)の気運が高まっていましたが、その反動で1863年8月に尊王派が京都を追放される政変が起こり、京都では幕府側の勢力が強まりました。京都では、この尊王勢力と幕府側の勢力の争いが展開され、翌年7月には両勢力が軍事衝突(禁門の変)。この争いで京都は大火事となるなど、幕末の激流に翻弄されます。

梨堂公絵巻 第二巻 部分 京都・梨木神社
梨堂公絵巻 第二巻 部分 京都・梨木神社

三章  龍馬の手紙を読む

 龍馬の直筆の手紙は、現在、140通あまり確認されています。兄の権平へ宛てた手紙は常識的な文章ですが、姉の乙女へ宛てた手紙の内容はとても面白く、龍馬のユーモア、率直さ、家族への愛情などがよく表れています。龍馬の手紙はたとえ話が多く、何が言いたいのか分かりにくい不思議な文章もありますが、その中に龍馬の真意が隠れているようです。また、龍馬の饒舌な様子が伝わる、長さ5mを超える手紙も遺されています。この章では、近年新たに見つかった龍馬の手紙もあわせて紹介します。

重要文化財 龍馬書簡のうち霧島山登山図 部分 京都国立博物館
重要文化財 龍馬書簡のうち霧島山登山図 部分 京都国立博物館

四章  龍馬の遺品

 1867年11月、龍馬は京都・近江屋で襲撃を受け、亡くなりました。龍馬最後の刻、現場にあった「梅椿図」(血染掛軸)や、刺客の刃を鞘ごと受けた「刀 銘吉行」は、龍馬の手紙とともに、北海道札幌市の坂本家より1931年に京都国立博物館に寄贈されました。また同じく、現場にあった「書画貼交屏風」(血染屏風)と紋服は、井口家より1940年に寄贈されたものです。龍馬愛用の脇差は、北海道の縁者の家に伝えられてきたことが最近判明しました。こうした龍馬の遺品がどこでどのように伝えられてきたのかも、研究対象となっています。

重要文化財 梅椿図(血染掛軸)板倉槐堂筆 京都国立博物館
重要文化財 梅椿図(血染掛軸)板倉槐堂筆 京都国立博物館
刀 銘吉行 坂本龍馬佩用 京都国立博物館
刀 銘吉行 坂本龍馬佩用 京都国立博物館

五章  薩長同盟から大政奉還―そして龍馬の死―

 龍馬がはたした重要な役割は二つあります。ひとつは、幕府に対抗する勢力を大きくするために長州藩と薩摩藩を提携させたこと(薩長同盟)。もうひとつは、幕府に対し平和的に政権を天皇政府(朝廷)に返還させる運動を推進したことです。薩長両藩はのちに明治維新政府の中核となりました。1867年冬、幕府は政権を朝廷に返上しました(大政奉還)。龍馬がはたした役割は当時の人々にも理解されており、遺品や手紙は大切にされ、芝居や映画、小説の題材となりました。そのため、龍馬はいまも最も人気のある歴史上の人物のひとりとなっています。

龍馬書簡 慶応三年十一月 「越行の記」
龍馬書簡 慶応三年十一月 「越行の記」

六章  瓦版・錦絵からみた幕末維新

 幕末から維新にかけておきたさまざまな事件や戦乱は、書簡や記録を読むよりも瓦版や錦絵といった作品をみる方が、より理解できるかもしれません。
 瓦版や錦絵は、制作者が取材し想像して再構築したいわゆる「歴史画」です。そこに描かれているからといって実景だとは限りませんが、ペリー来航に関わる瓦版や桜田門外の変の錦絵、長州藩と幕府との戦争の瓦版、戊辰戦争での各地の戦闘を表したカラフルな錦絵などの臨場感あふれる画面からは、時代の空気が迫ってくるかのようです。

王城加茂社風景 歌川芳艶画 部分 <展示期間:前期>
王城加茂社風景 歌川芳艶画 部分 <展示期間:前期>

七章 美術工芸からみた幕末維新─近世絵画・刀・甲冑─

 文化の爛熟期をむかえた江戸時代、19世紀末。この時代は、黒船がもたらした西洋文化を急速に取り入れた時代でもありました。海援隊が本拠地とした長崎は、海外からの文物がいちはやく到来する地として、新たな美術を生み出す一大拠点となります。新旧様々な絵画様式が入り混じり、統合されていくのも、この時代の特徴です。
 ここでは、幕末期の絵画作品をはじめ、薩摩藩主であった島津斉彬所用と伝える甲冑や、龍馬にかかわる人々がたずさえた刀を展示します。

刀 無銘 中井弘佩用 京都国立博物館
刀 無銘 中井弘佩用 京都国立博物館
刀 銘兼元 林田貞堅佩用 京都・霊明神社
刀 銘兼元 林田貞堅佩用 京都・霊明神社
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