博物館ディクショナリー

阿弥陀三尊来迎像(あみださんぞんらいごうぞう)

 今回の勉強は少々歯ごたえがありますので、わかるはんいでついてきて下さい。阿弥陀三尊(阿弥陀如来〈あみだにょらい〉と両脇侍〈きょうじ〉)の来迎像についてのことです。来迎ということばの意味はあとで説明します。京都市の北隣(どなり)にある京北(けいほく)町の常照皇寺(じょうしょうこうじ)というお寺に伝わっているものです。

  • 阿弥陀三尊来迎像
    阿弥陀三尊来迎像
    阿弥陀如来像 像高:51.3cm
    観音・勢至菩薩像 像高:43.9cm
    <常照皇寺蔵>

絵画と彫刻

 とっぴに思えるかも知れませんが、絵画と彫刻の、それぞれの特性と違いについて、まず考えてみます。歩いている人や走っている人の姿を、絵画と彫刻で表現するとすれば、どちらも写実的(しゃじつてき)には仕上げられるでしょうが、それでもどこか違う感じは、一体その人がどこにいるのか、どのくらいの速(はや)さで動いているのかということを、彫刻よりも絵画の方があらわしやすいということから来ます。具体的(ぐたいてき)な環境(かんきょう)の表現やスピード感というレベルでは、絵画がはるかに優(すぐ)れた手段(しゅだん)だといえます。身近な例を引けば、同じ新幹線(しんかんせん)をあらわすにしても、絵画なら、流れ去る景色や巻き起こる風、あるいは遠近法(えんきんほう)を使って、どのくらいのスピードでどこを走っているのかを説明できますが、彫刻はこの種の表現をもっとも苦手(にがて)とします。

 近代の作品でいえば、フランス印象派(いんしょうは)の画家ドガの描く踊(おど)り子のもつ、軽やかな身のこなしといかにもその時代らしい雰囲気(ふんいき)に対して、彫刻家のロダンは、ダンサーたちの形(フォルム)とそこから生じる動き(ムーブマン)のおもしろさの方に、より惹(ひ)かれています。

来迎の彫刻

 絵画と彫刻の特性を以上のように理解(りかい)した上で、いよいよ仏像(彫刻としての)に入っていきましょう。  絶対者(ぜったいしゃ)である仏像に、環境や動きなどの説明的要素はあまりいらないはずなのですが、まわりにいる供養者(くようしゃ)などには間々(まま)見うけられます。たとえば飛天(ひてん)です。古代の壁画(へきが)で、身をひるがえして軽々と空中を飛んでいた天人が、仏像の光背に取りつけられたもの(つまり彫刻)となると動きが止まってしまうのは、上に述べたような理由によります。そのせいか、日本では環境を取り入れたり動きを示す彫刻はあまりありませんでした。ところが、平安(へいあん)時代、死後に阿弥陀浄土(じょうど)に生まれかわろうと願う信仰(浄土信仰)がたかまるにつれ、仏像にこの表現が求められたのです。はるかな浄土から、死者の魂(たましい)を迎(むか)えるためにやって来た阿弥陀如来の像です。これを来迎像といい、両脇侍がつけば、阿弥陀三尊来迎像となります。

 雲に乗って山を越え、風を切りながらやって来るこの一団は、絵画ではこれを難なく表現することができるのですが、彫刻では、どうしても無理が生じます。なぜなら、彫刻は環境表現が苦手ですし、宙(ちゅう)に浮かせることもできないからです。スピード表現にも限りがあります。できることは、両脇侍像を前屈(まえかが)みとし、来迎の緊迫感(きんぱくかん)・臨場感(りんじょうかん)をそれとなく出すくらいでした。

 ところが平安時代も末期に近づくにつれ、社会全体の現実的な気分が反映(はんえい)してか、彫刻も絵画と同じようにリアルな表現が要求されるようになりました。その現われのひとつが来迎像なのです。常照皇寺の像は、そのもっとも早い実験的な作品といえます。同時代の絵画の作例(たとえば有志八幡講十八箇院本)と比較(ひかく)してみましょう。

  • 阿弥陀聖衆来迎図
    平安時代後期 絹本着色
    <有志八幡講十八箇院蔵>

絵画の方は、中心の阿弥陀三尊がそのまわりの菩薩(ぼさつ)たちとともに、雲に乗り、紅葉の野山を越えてゆっくりとこちらに進んで来ます。一方この彫刻では、秋の野山の環境こそありませんが、三尊とも雲に乗り、両脇侍が立て膝(ひざ)で前屈みのポーズをとるところは先の絵画の例と同じでありスピード感と臨場感を出しています。

  • 勢至菩薩像
    平安時代後期 絹本着色
    <有志八幡講十八箇院蔵>
  • 勢至菩薩像<常照皇寺蔵>

 要するにここに見られるのは、彫刻でありながら絵画的な具体性をできるだけもたせようという試(こころ)みであり、そのような美の冒険が、こんなに古い時代に行われていたということです。

資料調査室 伊東
1996年9月14日

ご来館くださる皆様へ
京都国立博物館からのお願い

↑ ページのトップへ