博物館ディクショナリー

400年前のアニメーション

 屏風(びょうぶ)や掛軸(かけじく)以上に、巻物(まきもの)というものはすっかり現代の生活から遠のいてしまったようです。みなさんのなかで、ほんものの巻物を実際に手に取ったことがあるという人はほとんどいないのではないでしょうか。巻物という名前のとおり、横に長い紙に描(えが)かれた絵や文章をくるくると軸(じく)に巻いたものを巻物、巻子(かんす)といいます。ときどき、忍者(にんじゃ)が口にくわえたりしていますね。

 意外に思われるかもしれませんが、巻物は図書の一種(いっしゅ)です。つまり、本屋さんや図書館に並(なら)んでいるふつうの本と同じ仲間なのです。ただ、巻物はそうした冊子状(さっしじょう)の本とちがって、好きなところをぱっと開いたりすることができないぶん不便(ふべん)ですし、長い巻物を巻(ま)いたり伸(の)ばしたりするのはめんどうなので、だんだん身の回りから姿(すがた)を消していってしまいました。いまでも、本のことを1巻(かん)、2巻などと呼ぶのは、巻物が主流だったころの名残(なご)りです。

  • 図1 重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆・俵屋宗達画 部分
    図1 重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆・俵屋宗達画 部分
    <京都国立博物館蔵>

 では、巻物はたんに古臭(ふるくさ)い不便なものかというと、けっしてそんなことはありません。ページごとに分かれていないため、途切(とぎ)れることなく横に連続(れんぞく)する巻物には、ふつうの本にはない大きな魅力(みりょく)が備(そな)わっているのです。

 そんな巻物の魅力を、京都国立博物館(きょうとこくりつはくぶつかん)が所蔵する「鶴下絵三十六歌仙和歌巻(つるしたえさんじゅうろっかせんわかかん)」を例(れい)にとって見てみましょう。この作品は、いまから400年ほど前につくられました。俵屋宗達(たわらやそうたつ)という人が鶴(つる)の絵を描き、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)という人がその上から和歌をしたためた巻物で、すべてひろげると長さは13.5メートル以上(いじょう)あります。長い巻物をひと目で全部見ることはできませんから、右端(みぎはし)から少しずつ見ていくのが作法(さほう)です。

 まず目に飛(と)び込(こ)んでくるのは、群(む)れになって地面で羽を休める鶴の姿です。鶴の体は銀、くちばしや脚(あし)は金で描かれているので、角度が変(か)わるときらきら光って見えます。そこから左へと視線(しせん)を移(うつ)していくと、翼(つばさ)を広げて空を飛ぶ鶴があらわれます(図1)。画面の上の端(はし)から少しずつ伸びてくる、棒(ぼう)のようなものは何でしょうか?――そう、上空から降(お)りてくる鶴のくちばしですね。少しずつ降りてくる動きが伝(つた)わってくるようです。

 さらに左へと目を向けてみましょう。下に見えていた陸地(りくち)はいつのまにか消え、波があらわれました(図2)。鶴たちは海の上に飛んできたのです。やがてこの波も見えなくなり、いつしか鶴たちははるか上空へと昇(のぼ)っていきます(図3)。海を越えた鶴たちはふたたび地面に降り立ち、波打(なみう)ち際(ぎわ)で旅の疲(つか)れをいやすのです。

  • 図2 重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆・俵屋宗達画 部分
    図2 重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆・俵屋宗達画 部分
    <京都国立博物館蔵>

 こうして見てみると、鶴は地面と上空とを行き来し、さらに海を渡(わた)って対岸(たいがん)へと移動(いどう)していることが分かります。画面の高さは30センチほどしかありませんが、そのなかで垂直(すいちょく)方向・水平(すいへい)方向への大きな動きが見事に表現(ひょうげん)されているのです。しかも、鶴は似(に)たような姿が連続して登場するので、まるでアニメーションを見ているかのような躍動感(やくどうかん)が生まれています。それを可能(かのう)にしたのは、巻物という独特(どくとく)の形状(けいじょう)であり、その特性(とくせい)を最大限(さいだいげん)に引き出そうとする画家の工夫(くふう)でした。

  • 図3 重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆・俵屋宗達画 部分 京都国立博物館蔵
    図3 重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆・俵屋宗達画 部分
    <京都国立博物館蔵>

 俵屋宗達は謎(なぞ)の多い画家ですが、天皇(てんのう)や公家(くげ)など身分の高い人々の注文を受けて多くの絵を描きました。一方の本阿弥光悦は、諸分野(しょぶんや)で芸術的才能(げいじゅつてきさいのう)を発揮(はっき)し、なかでも書は「寛永(かんえい)の三筆(さんぴつ)」に数えられるほどに優(すぐ)れた人でした。

 そんな二人のコラボレーションは当時から人気を博(はく)したようで、これと同じような巻物がいくつか残(のこ)っています。ところが、そのなかにはのちに短く切断(せつだん)されてしまったものもたくさんあります。なぜだか分かりますか?それは、短くして掛軸にするためです。巻物よりも掛軸の方が部屋の飾(かざ)りとしては使いやすいために、のちの時代の人が巻物を切って掛軸に仕立てるということは普通(ふつう)に行われました。逆(ぎゃく)に、この作品のようにもとの巻物の姿を残しているのはとても貴重(きちょう)ですし、おかげでその「アニメーション効果(こうか)」がよく分かるというわけです。

 現代美術(げんだいびじゅつ)作家のクリスチャン・マークレーは、日本の漫画(まんが)にヒントを得て「Manga Scroll(マンガ スクロール)」という巻物形式の作品を制作(せいさく)しています。巻物は、現在(げんざい)も生き続(つづ)けているのです。

博物館ディクショナリー184号「400年前のアニメーション」PDF版

美術室 福士雄也
2015年11月6日

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