博物館ディクショナリー

瀟湘八景図を楽しむ(しょうしょうはっけいずをたのしむ))

 皆さんは、瀟湘八景(しょうしょうはっけい)という山水図(さんすいず)の画題(がだい)を知っていますか?「近江(おうみ)八景や金沢(かなざわ)八景ならどこかで聞いたことがあるので、もしかするとその親戚(しんせき)かもしれない」と考えた人は、きっと豊かな想像力(そうぞうりょく)の持ち主です。実は近江八景も金沢八景も、この瀟湘八景になぞらえて生み出されたものだからです。ですから、親戚というよりはむしろ本家本元(ほんけほんもと)、元祖(がんそ)と呼んだ方がより正解に近いといえましょう。

 瀟湘とは中国(ちゅうごく)の湖南省(こなんしょう)を流れるふたつの河(かわ)の名前(瀟水(しょうすい)・湘水(しょうすい))に基(もと)づく地名で、これらが合流(ごうりゅう)して洞庭湖(どうていこ)という大きな湖(みずうみ)にそそぐ地域(ちいき)をこう呼んでいます。中国有数(ゆうすう)の景勝地(けいしょうち)として名高(なだか)いこの瀟湘の地は古くからさまざまな神話(しんわ)や伝説(でんせつ)に育(はぐく)まれ、数多くの詩人(しじん)や画家(がか)たちが訪(おとず)れました。美しい場所を一目見たいという欲望(よくぼう)は、いつの世も変わるものではありません。北宋(ほくそう)時代(11世紀)に活躍(かつやく)した画家・宋廸(そうてき)もそんなひとりだったのですが、彼はそこで八通りの景観(けいかん:景色(けしき))を選び絵画化しました。これが瀟湘八景のはじまりです。残念なことに宋廸が描(えが)いた瀟湘八景図は遺(のこ)っていませんが、史料(しりょう)によると、彼が選んだ景観は次のようなものでした。

 市(いち)のにぎわい(山市晴嵐(さんしせいらん))、遠く海上を帆船(はんせん)が行(ゆ)き交(か)うさま(遠浦帰帆(えんぽきはん))、のどかな漁村(ぎょそん)の光景(こうけい)(漁村夕照(ぎょそんせきしょう))、ひっそりとした山あいの寺の鐘(かね)がゴーンと鳴るところ(遠寺晩鐘(えんじばんしょう))、しとしとと降(ふ)る夜の雨(瀟湘夜雨(しょうしょうやう))、湖上(こじょう)に浮かぶ月(洞庭秋月(どうていしゅうげつ))、砂浜に雁が舞(ま)い降(お)りるところ(平沙落雁(へいさらくがん))、山に雪が降(ふ)り積(つ)もるさま(江天暮雪(こうてんぼせつ))。

 どれも私たちの心に染(し)み込(こ)んでくるような風情(ふぜい)のあるものばかりですが、ここで面白(おもしろ)いのは八景の選び方です。どの景観も四季(しき)や晴雨(せいう)などの気象(きしょう)、昼や夜などの時刻(じこく)の違いを強く意識して選んでいることに気づかれるでしょう。

 一般に名所(めいしょ)を描く場合にはその中心となる□□山とか○○寺といったある特定(とくてい)の場所や建物などをあらわすことが多いのですが、どうやら宋廸の意図(いと)は瀟湘地方の豊かな自然(しぜん)をあらわすことにあったようです。

 さて、中国で成立したこの瀟湘八景は、詩文(しぶん)や絵画作品などを通じて、遅(おそ)くとも鎌倉(かまくら)時代ころにはわが国でもよく知られるようになりました。当時の人びとは文化先進国(ぶんかせんしんこく)の中国に強い憧(あこが)れを抱(いだ)いていたので、中国の一大名勝地(いちだいめいしょうち)・瀟湘への関心(かんしん)はとりわけ強いものがあったようです。といって簡単(かんたん)に訪(たず)ねることなどとてもできないわけですから、画家にその絵を描かせることで瀟湘の地に想(おも)いを馳(は)せたのでした。鑑賞者(かんしょうしゃ)はまさに居(い)ながらにして瀟湘の地を散策(さんさく)する気分(きぶん)に浸(ひた)っていた、というわけです。

 ここで、狩野派(かのうは)の二代目(にだいめ)・元信(もとのぶ:1477?~1559)の手になる瀟湘八景図(東海庵(とうかいあん)蔵)四幅対(ふくつい)のうちの一幅を見てみましょう。

  • 重要文化財 瀟湘八景図(四幅対のうち)
    重要文化財 瀟湘八景図(四幅対のうち)
    狩野元信筆
    <東海庵蔵>

ここには八景のうちの二景が描かれているのですが、わかりますか。画面中ほどの山の急斜面(きゅうしゃめん)にたつ寺が遠寺晩鐘、また画面下に配(はい)された小さな舟(ふね)と干(ほ)した網(あみ)が漁村夕照です。このように、当時の人びとも八景を象徴(しょうちょう)する題材(だいざい)を探(さが)すことで、知らず知らず絵の中に深く入(はい)り込(こ)んでいったのでしょう。なかなか優雅(ゆうが)な遊びだったと思いませんか?

 最後にもうひとつ、八景図の楽しみ方を教えましょう。先に触(ふ)れたように瀟湘八景には特定の山とか建物は描かれないので、景観の組み合わせ方や全体の構図(こうず)などは画家がかなり自由に決められます。そのため、一景を一図に描くのを基本(きほん)として先の元信画のような二景ずつで四幅対としたのものや、相国寺(しょうこくじ)の画僧(がそう)・是庵(ぜあん:1486〜1581)が描いたような四景ずつ二幅対のもの(京都国立博物館蔵)、さらに八景すべてを一幅に収(おさ)め込んだものも制作(せいさく)されました。夏と冬、晴れと雨、そして昼と夜をあらわす景観がひとつの画面内にどのようにうまく配されているか。そんな組み合わせの妙(みょう)を楽しむことも、瀟湘八景図ならではの鑑賞法といえましょう。

  • 瀟湘八景図(二幅対のうち)
    瀟湘八景図(二幅対のうち)
    是庵筆
    <京都国立博物館蔵>

美術室 山本
2000年6月10日

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