博物館ディクショナリー

馬町十三重石塔 (うままちじゅうさんじゅうせきとう)

 開館百周年を迎えた煉瓦(れんが)造りの本館を西の馬町十三重石塔<個人蔵>まで離れて見ると、屋根を越えて、左奥に清水寺(きよみずでら)の山、右に秀吉(ひでよし)の墓がある阿弥陀ガ峯(あみだがみね)が望まれます。中間の谷の左側、方角では北側の一帯は、古代から鳥部野(とりべの)と呼ばれる葬送(そうそう)の地でした。中世には広大な墓地が、現在の馬町、本館裏手の東大路(ひがしおおじ)を北へ一つ目の交差点あたりまで及んでいたようです。その少し奥の小さな塚に並んで立っていた2基(き)の大石塔が、博物館の庭園に展示されています。本館前、南門よりの築山(つきやま)に立つ馬町十三重石塔がそれです。

  • 馬町十三重石塔
    <個人蔵>

 高さは6m。下から、基礎(きそ)、初重(しょじゅう)の塔身(とうしん)、初重の屋根から十三重の塔身までは下の屋根と上の塔身とを一つに合わせ、さらに十三重の屋根、頂上の相輪(そうりん)と、石を重ねて行くだけで、心棒(しんぼう)などはありません。簡単な構造(こうぞう)を支えているのは、硬い花崗岩(かこうがん)を用いて正確な整形(せいけい)とバランスのとれた積み上げを行う、高度な石工(いしく)の技術なのです。

 本館に近い東側の塔には、基礎石の北側に文字が刻まれていて、今から700年ほど前、鎌倉(かまくら)時代後期の1295年2月に完成したことを、願主(がんしゅ)の法西という僧侶(そうりょ)の名前がわかります。両塔とも、初重塔身の石には穴がくりぬいてあり、小さな仏像や塔などが納入(のうにゅう)されていました。2基の石塔を造った人々が、ひとりひとりの願いをこめて奉納(ほうのう)したものでしょう。しかし、いずれも当時の職人の手になる手工業製品(しゅこうぎょうせいひん)といったもので、芸術作品としての個性や質の高さは認められません。技術や材料や大きさによって価値の高低を計ることができる、つまり値段がつけられる言わば商品なのです。そのような納入品を個人として造り、さらに力を合わせて大石塔を造ったのは、どういう人々だったのか。願主の僧侶の役割は何か。なぜ広大な墓地の入口に造られたのか。そうした疑問について考えてみましょう。

 奈良(なら)般若寺(はんにゃじ)の十三重石塔は、高さが馬町石塔の2倍の12mもあり、寺の中心となる位置に、本堂より先に造られましたが、1253年の完成までに相当長い年月を費(つい)やしています。石工は、東大寺大仏殿(とうだいじだいぶつでん)再建(さいけん)のために中国の宋(そう)から来日した伊行末(いぎょうまつ)であったことが知られますから、技術上の問題によるものとは考えられません。十三重石塔の造営は、初重塔身の大石を置いたところで亡くなった僧侶の遺志(いし)を2代目の住職(じゅうしょく)が継いで行われましたが、石塔に続く本堂の造営に関わった叡尊(えいそん)の活動から、長期にわたる般若寺の造営が、寺地の南に広がる墓地で葬送や乞食(こじき)をする非人(ひにん)と呼ばれる人々や、北にある癩(らい)者(ハンセン病の患者)の施設で不治(ふじ)の病に苦しむ人々の救済事業(きゅうさいじぎょう)として行われたことから明らかになります。

  • 納入遺物(西塔納入品)
    <個人蔵>

 叡尊の宗教家としての多彩な活動は、布教(ふきょう)と事業という2つの面を持っています。布教は、人々に善(よ)い行いをするように勧(すす)め、その教えが人々の信望(しんぼう)を集めました。対象は、特に中世社会の中心的階層となっていた富裕(ふゆう)な農民、つまり荘官(しょうかん)とか名主(なぬし)という役についていた人々です。彼らが善い行いをすることにより、領主(りょうしゅ)として得た富が、土地の寄進(きしん)やお金の寄付(きふ)、施(ほどこ)しものとして社会に還元(かんげん)されることになりました。非人や癩者に直接施しをする慈善(じぜん)事業も行われましたが、寺を創(つく)る、お堂や仏像を造るという事業によって、生活のための仕事を与えることもできたと思われます。社会事業であり、救済事業でもあったわけです。般若寺の十三重塔から本堂へと続いた造営は、そのような鎌倉(かまくら)時代の宗教事業の典型です。1284年、当時84歳の叡尊は、宇治橋(うじばし)の修造(しゅうぞう)という大事業を行い、2年後の完成に合わせて高さ15mの壮大(そうだい)な十三重石塔を宇治川の浮島(うきじま)に立てます。馬町十三重石塔が造られたのは叡尊が90歳で世を去ってから5年後ですが、叡尊が引き継いだ事業を継承(けいしょう)するものであったのです。

美術室 中村
1997年2月8日

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