博物館ディクショナリー

奇想の画家が描いた花鳥図
百鳥万歳図(蘇仁山筆、京都国立博物館蔵)

  • 図1 百鳥万歳図 蘇仁山筆 京都国立博物館蔵
    図1 百鳥万歳図 蘇仁山筆
    京都国立博物館蔵

 縦(たて)二メートル半、横一メートル超(ちょう)もある大画面に、さまざまな種類の鳥と花木が水墨(すいぼく)で描(えが)かれています(図1)。中国の花鳥図で、画面の中央に集まっているのはたくさんの燕(つばめ)たちです(図2)。画面の下のほうに眼(め)を向けると松の木の枝(えだ)で羽根を休める鷹(たか)や鶴(つる)もいます(図3)。二本の鋭(するど)い燕尾(えんび)が印象的なたくさんの燕(つばめ)や下を覗(のぞ)こうとして眼(め)をみひらく鷹(たか)、フラミンゴのように首を長くした鶴(つる)など、どの鳥の描写(びょうしゃ)もユーモラスで、愛くるしいものとなっています。

  • 図2 百鳥万歳図 蘇仁山筆(部分)
    図2 百鳥万歳図 蘇仁山筆(部分)
  • 図3 百鳥万歳図 蘇仁山筆(部分)
    図3 百鳥万歳図 蘇仁山筆(部分)

画面の上方にある題は最後の二文字「歳図」しか残っていませんが、たくさんの鳥が描(えが)かれていることから、「百鳥万歳図(ひゃくちょうばんざいず)」と右から左に横書きされていたのでしょう。鳥たちを数えてみると九十羽以上います。画面が傷(いた)んでいますので、実際(じっさい)には百羽すべて描(えが)いていたようです。花鳥図(かちょうず)は華(はな)やかできれいなことから山水(さんすい)、人物(じんぶつ)にならぶ水墨画(すいぼくが)の三大画題(さんだいがだい)の一つですが、実はそこにはさまざまな隠(かく)された意味が込(こ)められています。

 燕(つばめ)は春先に飛びまわることから、厳(きび)しい冬が終わり穏(おだ)やかな春の到来(とうらい)を告げるおめでたい鳥とされています。鷹(たか)は勇猛果敢(ゆうもうかかん)な性質(せいしつ)と「鷹(イン)」という漢字が中国語では英雄(えいゆう)の「英(イン)」と同じ発音であることから男子の理想を表します。鶴(つる)は長生きすることから長寿(ちょうじゅ)を意味し、漢字の「鶴(ホー)」の発音は「和(ホー)」にも通じます。さらに画面下方をみてみると、鷓鴣(しゃこ)、鵯(ひよどり)、鳩(はと)、鶉(うずら)のつがいがいます。鷹(たか)と鶴(つる)も一組とみると五つのつがいがそろっています。これは「五倫図(ごりんず)」といって、中国の儒教(じゅきょう)で五つの根本となる教え(父子(ふし)の親(しん)、君臣(くんしん)の義(ぎ)、夫婦(ふうふ)の別(べつ)、長幼(ちょうよう)の序(じょ)、朋友(ほうゆう)の信(しん)、それぞれ人間関係で大切とされること)を暗示(あんじ)しています。このように人びとの願いや望み、あるべきすがたなどがさまざまな描写(びょうしゃ)に込(こ)められた絵画を「吉祥画(きっしょうが)」といいます。いわば、これがあれば幸せになれる「縁起(えんぎ)もの」というわけです。

 水墨(すいぼく)のみでこれだけの鳥たちを描(えが)き分(わ)けたのは、清(しん)時代後期に中国南部の広東(かんとん)にいた蘇仁山(そじんざん)(1814〜1850?)という名の画家です。蘇仁山(そじんざん)の通り名である字(あざな)は長春(ちょうしゅん)、もう一つの名にあたる号(ごう)は菩提再生身尊者 (ぼだいさいせいしんそんじゃ)、玄妙観道士(げんみょうかんどうし)、嶺南道人(れいなんどうじん)などとしました。難(むずか)しそうな号(ごう)が示すように、蘇仁山(そじんざん)の生涯(しょうがい)は波瀾(はらん)にみちたものでした。道光(どうこう)12年(1832)と15年に二度、科挙(かきょ)(たいへん難しい、国の役人になるための試験)に挑(いど)むも落第(らくだい)してしまい、以後、画業に専念(せんねん)しました。絵画にあわせる文章である題識(だいしき)はとても難解(なんかい)で、ときに当時の中国社会の規範(きはん)であった儒教(じゅきょう)についての批判(ひはん)を展開しました。性格(せいかく)は孤独(こどく)を好み、父親との確執(かくしつ)により不孝(ふこう)の罪(つみ)を問われ、投獄(とうごく)されたともいわれています。

 蘇仁山(そじんざん)が生きた清(しん)時代後期もまた、西欧(せいおう)の国々との衝突(しょうとつ)がつづき、社会が混乱(こんらん)した時期でした。日本でいえば、江戸(えど)時代から明治時代に変わる幕末(ばくまつ)の頃(ころ)です。

 実はこの花鳥図(かちょうず)、ふつうの花鳥図(かちょうず)とは少し変わっています。中国で「百鳥図(ひゃくちょうず)」というと、中央に想像上(そうぞうじょう)の霊鳥(れいちょう)にして諸鳥(しょちょう)の長である鳳凰(ほうおう)を配してその周りにさまざまな鳥を描(えが)きます。もちろん、鳳凰(ほうおう)を描(えが)かない百鳥図(ひゃくちょうず)もありますが、しかし、その多くには鳳凰(ほうおう)の替わりに中心となる鳥がいます。蘇仁山(そじんざん)は慣例(かんれい)を破(やぶ)ってあえて鳳凰(ほうおう)を描(えが)かず、鷹(たか)や鶴(つる)もユーモラスに描(えが)いたところに、「奇想(きそう)の画家」といわれる所以(ゆえん)があります。さらにうがった見方では、無秩序(むちつじょ)に飛びまわる燕(つばめ)はかつて燕京(えんきょう)と呼(よ)ばれていた北京(ぺきん)での混乱(こんらん)を暗示(あんじ)するという説もあります(※)。題字(だいじ)の「歳(スイ)」の読みが災(わざわ)いを意味する「祟(スイ)」に通(つう)じ、鋭角的(えいかくてき)な燕(つばめ)の描写(びょうしゃ)が中国の農村に大被害(だいひがい)をもたらしていたバッタの大量発生を連想させるというのです。

 実際(じっさい)のところ、蘇仁山(そじんざん)がどのような思いでこの花鳥図(かちょうず)を描(えが)いたのかわかりません。いずれにしても、奇想(きそう)の画家らしくおめでたい吉祥(きっしょう)の意味だけで描(えが)いたわけではなさそうです。悠久(ゆうきゅう)の歴史と広大な大地をもつ中国で描かれた花鳥図(かちょうず)には、さまざまな意味をもちあわせた奥深(おくぶか)い世界が広がっているのです。

※ Yeewan Koon, A Defiant Brush: Su Renshan and the Politics of Painting in Early 19th-Century Guangdong, Hong Kong University Press,2014.

博物館ディクショナリー205号「奇想の画家が描いた花鳥図 百鳥万歳図(蘇仁山筆、京都国立博物館蔵)」PDF版

列品管理室 呉孟晋
2018年1月26日

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