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「たち」と「かたな」
工芸室 末兼 俊彦
2024年02月07日
※図版は参考として掲載しています。1F-5金工展示「備前・備中・備後の名刀」(2024年2月7日~3月24日)では、これら3件の作品は展示されません。
なぜ「上向き」と「下向き」?
博物館で日本刀を見ると、同じ形をしているのになぜか刃(は)を上向きにして展示(てんじ)されているものと、刃を下向きにして展示されているものがあります。それぞれの作品には「太刀(たち)」や「刀(かたな)」と書いてあったり、時には「大刀(たち)」「横刀(たち)」「打刀(うちがたな)」「腰刀(こしがたな)」「短刀(たんとう)」「脇差(わきざし)」と、さまざまな名前がついていたりと、よく分からないかもしれません。でも大丈夫。漢字で書くとなんだかいろいろありそうですが、実は日本刀には「たち」と「かたな」の二つしかないのです。「たち」は刃を下向きにして帯から吊(つ)り下げて身につけるもの、「かたな」は刃を上向きにして帯に直接差し込(こ)んで身につけるものをいいます。身につけた状態を再現して展示されるため、同じ形をしているものであっても、上向きだったり下向きだったりするのですね。

用途分類(ようとぶんるい)と型式分類(けいしきぶんるい)
私(わたし)たちは物を分類するとき、その物の使い道や使い方で分ける方法(用途分類)と、その物の形や文様といった外見の特徴(とくちょう)で分ける方法(型式分類)のどちらかを使っています。
「たち」はつながっている物を切り離(はな)す意味の動詞(どうし)「断つ」「断ち」が名詞になったもので、「何かを断ち切る」という用途がもとになった名詞(めいし)です。日本において特に戦闘(せんとう)に使われる「たち」は刀身(とうしん)を納(おさ)める鞘(さや)に1カ所または2カ所の留具(とめぐ)をつけて、そこに紐(ひも)や鎖(くさり)を通して腰からぶら下げていました。これは弥生時代(やよいじだい)から続く伝統で、「佩(は)く」といいます。反(そ)りの無い直刀(ちょくとう)はもちろん、反りのある日本刀が生まれた12世紀になってからも同じ方法で身につけていました。漢字の表記としては中身の刀身が古代の直刀のものについては「大刀」、短めのものについては「横刀」、それらより少し後の時代の反りのあるものについては「太刀」を用いますが、中身の形がどんなものであれ、これらは全て腰から下げる「たち」なのです。

重要文化財 太刀 銘波平行安 (号 笹貫)の黒漆太刀拵
室町時代 15世紀 京都国立博物館蔵
一方「かたな」という名前は外見の特徴を元にして、片方(かたほう)という意味の「カタ」と刃の意味の「ハ(ナ)」を合わせて生まれた言葉です。刀身の片方にだけ刃がついている「かたな」は両刃(りょうば)の刃物と比べて安全で小回りがきくため、日常生活をおくる上でとても便利な道具でした。ですから元々は武器ではなく、例えば、奈良時代(ならじだい)の正倉院宝(しょうそういんほうもつ)には刀子(とうす)といって、物を切る他に木簡(もっかん)や竹簡(ちっかん)の字を削(けず)り取る消しゴムのような役割で使う小さな「かたな」があります。現代よりももっと不便な時代です。何かを切ることのできる道具は、なくてはならないものだったため、老いも若(わか)きも、どんな職業の人でも、常に「かたな」を身につけて生活のさまざまな場面で活用していました。「かたな」は日常生活に使いやすいように長さも短かったことや、「たち」のようにいちいち紐や鎖で繋(つな)げるのは不便だったこともあり、鞘ごと直接帯に差し込んで身につけていたのです。
最初は小さく、日常の道具だった「かたな」ですが、やがて武士が力を持つようになると、彼らが使う「かたな」の中には、武器として形を変えたものがあらわれました。武士たちの主な武器は弓矢で、その補助的な武器として「たち」が使われてきましたが、それに加え、「かたな」も戦いで使いやすいように大型化したのです。この時、便利な道具としての「かたな」とは別に、武器として打ち合いに使う「かたな」である「打刀」が登場しました。それ以降、これまでどおりの小型のものを「腰刀」と呼ぶようになり、二種類の「かたな」が存在することになりました。「打刀」は当時の「たち」に使われていた鎬造(しのぎづくり)という刀身の形や鐔(つば)を取り入れて変化したため、「腰刀」とはずいぶん違(ちが)ってみえます。しかし、形や大きさは違っても、帯に直接差し込んで身につける方法は変わらなかったため、すべて同じく「かたな」の仲間です。

重要文化財 牡丹造梅花皮鮫鞘腰刀拵
南北朝時代 14世紀 京都国立博物館蔵

重要文化財 金 熨斗刻鞘大小拵のうち大刀(打刀)拵
桃山時代 17世紀 京都国立博物館蔵
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