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唐(とう)時代の陶俑(とうよう)
工芸室 降矢哲男
2026年07月14日
古代中国では、人が亡(な)くなったあとも、生きていたときと同じような暮(く)らしができるようにと願い、お墓の中にさまざまな品物を入れました。これらは「明器」(めいき)と呼(よ)ばれ、人や動物、家具などを土や木で作りました。それらは「俑」(よう)と呼ばれます。俑をお墓に入れる習慣は古くから続き、中国の長い歴史の中で受け継(つ)がれてきました。そのため、各時代の人たちの服装(ふくそう)や髪型(かみがた)、生活の様子がよく表されているため、昔の暮らしを知る大切な手がかりになっています。
唐時代(618~907)、中国は「シルクロード」という交易路(こうえきろ)(物を売り買いするための道)を通じてアジアやヨーロッパの国々と盛(さか)んに交流していました。首都の長安(ちょうあん)には多くの外国人が集まり、さまざまな文化が行き交う国際的な都市となっていました。そのため、唐時代の俑には中国の人だけでなく、外国の人や動物も数多く表され、また形もとてもリアルで、美しく色づけされたものが多く作られています。その代表的なものがラクダ(駱駝)の俑(図1)です。ラクダ(駱駝)は「砂漠(さばく)の船」とも呼ばれ、広い砂漠を旅する商人たちの荷物を運びました。シルクロードの交易を支えた大切な動物であり、中国では富や繁栄(はんえい)の象徴(しょうちょう)と考えられていました。駱駝俑は、こぶや毛並(けな)みまで細かく作られており、当時の人々が異国(いこく)の文化に強い関心を持っていたことが伝わってきます。
図1 三彩駱駝俑(さんさいらくだよう) 中国・唐時代 (8世紀) 京都国立博物館蔵
また、唐時代のお墓からは、外国人を表した俑も見つかっています。彫(ほ)りが深く、大きな目をしており、高い鼻であごひげをたくわえた中央アジアの人々(中国では胡人(こじん)と言われました)の特徴(とくちょう)をよく表した胡人俑(こじんよう)(図2)が代表的ですが、なかには「崑崙奴」(こんろんど)と呼ばれる東南アジア系(けい)の人々を表したもの(崑崙俑)(こんろんよう)があります。崑崙俑(図3)は、巻(ま)き毛や大きな目、太い眉(まゆ)、裸足(はだし)の姿(すがた)などが特徴で、唐時代のお坊(ぼう)さんが7世紀後半にインドおよび東南アジア諸国(しょこく)を旅して、見聞きしたことを書いた『南海寄帰内法伝』(なんかいききないほうでん)という本に書かれた崑崙人の特徴と重なります。彼(かれ)らは唐時代の首都である長安(現在の陝西省西安市(せんせいしょうせいあんし))に連れてこられ、動物の世話や船の仕事、音楽の演奏(えんそう)などを行っていました。当時の貴族(きぞく)たちは、崑崙奴を自分のもとで働かせることを富や地位の象徴と考えていたようです。
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図2 三彩胡人俑(さんさいこじんよう)
中国・唐時代 (8世紀) 京都国立博物館蔵 -
図3 加彩崑崙俑(かさいこんろんよう)
中国・唐時代(8世紀)
崑崙俑の中には、片手(かたて)を高く上げて楽しそうに踊(おど)る姿のものもあります。その生き生きとした表情や動きからは、唐の人々が外国の文化を受け入れ、交流を楽しんでいた様子が感じられます。これらの俑は、唐が平和で活気に満ち、多くの国々とつながっていた時代であったことを今に伝えています。
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