普及室 下坂
2000年04月08日
皆さんは近頃(ちかごろ)、手紙を書いたことがありますか。ついこの間まで電話でことが足り、手紙を書く機会(きかい)がすっかり少なくなったという話をよく聞きました。でも、近頃のように電子(でんし)メールが盛(さか)んになると、手紙が形を変えて復活(ふっかつ)しているようにも思えますね。もちろん二つを簡単にいっしょにできませんが、用件をわかりやすく手短(てみじか)に、さらには差出人(さしだしにん)と受取人(うけとりにん)をはっきり書かなければならないなど、両者には共通点が多く、何よりも文章で用件を伝えるという点はまったく同じといってよいでしょう。
さてそこで昔の手紙(書状(しょじょう))ですが、紙が貴重品(きちょうひん)であった時代のことですから、まず紙の利用の仕方(しかた)から見ていくこととしましょう。写真1と写真2を見て下さい。
【写真1】重要文化財 寂室元光消息(南北朝時代)<京都国立博物館蔵>
【写真2】重要文化財 後陽成天皇宸翰女房奉書(桃山時代)<京都国立博物館蔵>
写真1は寂室元光(じゃくしつげんこう)という南北朝(なんぼくちょう)時代の禅宗(ぜんしゅう)のお坊さんが書いた手紙で、写真2は桃山(ももやま)時代の後陽成天皇(ごようぜいてんのう)が太閤(たいこう:敬称(けいしょう))の豊臣秀吉(とよとみひでよし)に宛(あ)てて書いた手紙です。いっぽうが漢字(かんじ)で書かれ、いっぽうが仮名(かな)で書かれているという違いはありますが、紙だけを見るとこの二通の手紙には共通点がありますね。そうです、どちらも二枚の紙を使っている点です。江戸(えど)時代になると、何枚も紙を繋(つな)ぎ合わせたいわゆる「巻紙(まきがみ)」の長い手紙が出現(しゅつげん)しますが、古くは普通、手紙は二枚の紙に書くものと決まっていました。紙が大切なものだったからでしょうか。昔の手紙に簡潔(かんけつ)で要(よう)を得(え)たものが多いのは、一つにはこの二枚という紙の制限(せいげん)によるのかもしれません。
書き方はまず一枚目(「本紙(ほんし)」といいます)を書いて、もしそれで足りなければ二枚目(「礼紙(らいし)」といいます)へと続けるのは、今も昔も変わりありません。ただ、昔は一枚目で書き終わった時にもそれだけを送ることはなく、二枚目も白紙のままで送るのが礼儀(れいぎ)となっていました。これはもともと二枚目が返事を書いてもらうための紙(返信用)だったからともいわれますが、よくわかりません。
書き終わった後は、二枚を背中(せなか)合わせにして巻き、表に宛名と自分の名前を書けば出来上りです。もちろん郵便などない時代ですから、偉(えら)い人であれば家来(けらい)などに持たせ、また遠い所であれば旅人(たびびと)などに預(あず)けて相手方に届けてもらったのでした。
そこでもう一度、写真の二通の手紙を見て下さい。二通ともに現在は二枚の紙が繋がっているように見えますね。これは後の時代にこれらの手紙を鑑賞用(かんしょうよう)に表具(ひょうぐ)したときに繋いだもので、そのことは写真1の寂室元光の手紙をよく観察(かんさつ)すればすぐわかります。最初、左下がりで書かれていた文章が、途中でまた元の高い位置に戻っているのが観察できるでしょう。寂室元光というお坊さんは、どうしても文章が左下がりになる癖(くせ)があり、一枚目と二枚目にそれぞれその癖がでているのです。表具をする時、二枚の紙が最初から繋がっていたかのように見せるため両方の端(はし)を切って繋ぎ合わせたのですが、書き癖が強く、どうしてもうまく文章の高さを揃(そろ)えられなかったのです。
手紙の宛名と自分の名前は、二枚の紙を巻いた最後に書きますが、写真で一番左端に見えている一行がそれにあたります。寂室元光の手紙では「華蔵院方丈(けぞういんほうじょう)」という宛名と「元光」という署名(しょめい)が、また後陽成天皇の手紙では「太閤(たいこう)とのへ」という宛名がそれぞれ最後に見えるでしょう。また、そのすぐ右に見える途中(とちゅう)の途切(とぎ)れた線は、封(ふう)の印(しるし)です。いまでも手紙の糊付(のりつ)け部分に「〆」など印を書くことがありますね。それと同じです。途中、一部、線が欠(か)けているのは、ここに紙の紐(ひも)が掛(か)かっていたためです。手紙を巻いていた紐が無くなり、線も途中で切れてしまったのです。
古い手紙は読(よ)みにくいものが多く、鑑賞(かんしょう)もつい敬遠(けいえん)し勝(が)ちですが、文字だけでなく、紙や宛名・署名・それに封の仕方など、紙面(しめん)に込(こ)められた情報(じょうほう)を細(こま)かく観察すれば、きっと興味深(きょうみぶか)く鑑賞できると思いますので、チャレンジして下さい。
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