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No.79

職人の遊び心を考える

京都国立博物館企画室研究員

末兼 俊彦

 大盛況のうちに閉会した「狩野山楽・山雪」展。本邦初といっても過言ではない規模と、これまで一堂に会することがなかった名品で構成された本展に皆様はどのような感想をお持ちになったであろうか。この展覧会の個人的な見所として、会場最後の部屋に配されていた「龍虎図屏風」を挙げたいと思う。この絵を前にしたとき、作者山雪の絵師としての力量に感嘆するだけではなく、本来怖くて力強い存在である龍虎の対決シーンまでちょっと情けなく、愛嬌たっぷりの表情に描いた彼独自の遊び心に心惹かれた。曾我蕭白が自身の作品の本歌としたのもうなずける傑作である。

 さて、遊び心といえば、次回の特別展はそのものズバリ「遊び」展。その中で金属工芸担当の私が一押ししたい作品がドイツ製の「銅甲蟲鎮子(どうこうちゅうちんし)」と「銅葉形皿(どうはがたさら)」である。一見、何の変哲もないカミキリムシを模(かたど)った銅製の置物と、大振りの葉っぱを模った置物。しかしながら、じっと眼を凝らして観察してみると、カミキリムシは脚や触覚の節まで精巧にあらわされ今にも動き出しそうだし、葉っぱは葉脈(ようみゃく)・葉柄(ようへい)にくわえ、表面の縮れまでも驚きの緻密さで再現され、たったいま木から舞い落ちたような風情である。あまりの精緻さから、「ひょっとして実際の生物を型にしたのでは…」と思わせる逸品だ。これらの作品は、明治から大正にかけて農業や商業に関する政策を管轄していた農商務省が東京市京橋区木挽町に設立した農商務省商品陳列館より当館に引継がれたもので、同館が発行していた案内冊子にも「蟲形置物(独國産)」と記載されている。農商務省商品陳列館は日本国内の物だけではなく、このような海外からの参考作品や商品見本を一般に向けて公開し、世界のトレンドに触れる機会をもうけた画期的な博物館であった。残念ながら関東大震災時に被災して閉館となってしまったが、そこに収蔵された作品のうち、震災前に京都国立博物館へ移管され、今日まで伝えられたものが、本品をはじめとする一連の作品である。

 虫や葉っぱといった身近に存在するものを作品のモチーフにする試みはドイツだけではなく、当然のことながら同時代の日本でも行われており、一昨年の「百獣の楽園―美術にすむ動物たち―」展でもお目見えした「兜虫置物」はその代表と言ってもいい。ドイツと日本、国は違えど時同じくして昆虫を題材にし、自分の技の限界に迫った作品を生み出した職人の遊び心を通じて、この夏みなさんももう一度「遊び」と向き合ってみてはいかがだろうか。

[No.179 京都国立博物館だより7・8・9月号(2013年7月1日発行)より]

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