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No.127

陶工のレシピ

京都国立博物館 上席研究員兼保存科学室長

降幡 順子

郷土料理を味わうことは、楽しみの一つである。開催中の大阪・関西万博では、世界各地の料理を味わえることを期待している。印象に残った料理を再び味わいたいと、レシピを調べ、自ら材料を揃えて調理してみると、見た目には郷土料理らしい一皿が完成しても、味わいは本場とはやや異なり、「○○料理もどき」に留まることがある。それでもレシピの存在が、料理の再現性をある程度担保しているのは間違いない。使用する材料や調理法が本場の条件を満たしていないこともあり、またレシピには表現しきれない暗黙知が存在することが「もどき」となってしまう所以であろう。このような非言語的・経験的な知識の伝承は、日本文化における「口伝」や「秘伝」といった概念と重なり合う。

このことは、工芸品など有形文化財の製作技法にも通じる。料理におけるレシピのような記録が残されている例は稀であり、作品が古くなるほど製作に関する文書は失われやすい。そのため保存科学の分野では、非破壊調査により技法や材料を科学的に解明する試みが行われている。

たとえば、江戸時代前期に京都・仁和寺門前で作陶した陶工・野々村仁清の出土陶片が多数現存しており、彼と関係のあった尾形深省(乾山)による技法書『陶工必用』も伝来している。同書は当時の陶工技術に関する「レシピ」ともいえる貴重な資料で、その存在自体が珍しい。

御室仁清窯跡から出土した陶片の調査では、『陶工必用』の記述と陶片の比較を行った。同書には、京焼に限らず、唐津焼、伊羅保茶碗、五器(呉器)茶碗、志野焼など、他産地の陶器を模倣した「写し」に関する記述もある。これら「写し」の生産は、当時の流行品としての需要の高まりが考えられるが、本場から材料を「お取り寄せ」すれば、より高い再現が可能となったであろう。しかし仁清のレシピからは、京都で入手可能な材料を用い、創意工夫によって再現を試みたことが読み取れる。また、実際の製品(本歌)から暗黙知を読み取り、「写し」を作陶するという技術の継承プロセスも存在する。様々な陶器の写しのレシピが記述されている点からも、当時の陶工の優れた観察力と造形力をうかがい知ることができる。

注目すべきは、陶片に対して行った胎土の科学分析により、技法書に記されたレシピが一定程度反映されていることが明らかになった点である。非破壊分析という手法の特性上、断定は避けるべきだが、胎土成分に基づく分類がある程度可能であることが確認された。この結果は、単に「レシピ通りであることは当然」と見なすべきではなく、分析結果の重要性を示唆している。第一に、レシピが口伝などの知識をある程度体系化し、大きな誤解なく記述されている可能性を支持する点。第二に、外見上の特徴に乏しい陶片であっても、分析により仁清が志向した製品(たとえば「○○焼」)を推定できる点。そして第三に、レシピと実物に齟齬が見られる場合、その背景にある技術や材料調達の事情を探る手掛かりとなる点である。このように、文献資料と科学分析の両面からアプローチすることで、製作技術やその伝播の過程をより正確に再構築することが可能となるのである。

目の前にある「〇〇料理もどき」を味わいながら、レシピと実物との整合性を、科学的に検証する作業にも、味わいがあることを改めて実感している。

[No.227 京都国立博物館だより7・8・9月号(2025年7月1日発行)より]

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