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No.129

特別展「宋元仏画─蒼海(うみ)を越えたほとけたち」を観覧して

京都大学人文科学研究所 准教授

呉 孟晋

特別展を観覧する醍醐味は、事前の予想をいい意味で裏切られることにある。展覧会の名からなんとなく思い描いていた印象を塗り替えてくれるような、そのような驚きにみちた気づきが、この「宋元仏画」展にはあった。

「宋元仏画」は、その名のとおり、中国の宋時代から元時代にかけて制作された仏教絵画のことである。丹や緑の鮮やかな色彩で精緻に描かれた如来や菩薩たちの尊像や、画僧の牧谿に代表されるような水墨で簡潔に描かれた宗教的故事を主題とする道釈画を二つの核とする、悠久の地の「いのり」の美の結晶である。京博が誇るべき専門性の高い企画であり、美術史学の研究者のあいだでは前評判が高かったものの、一般の方にはなじみのないものとして敬遠される展示になってしまうのではないか。元館員として同展の立ち上げにかかわっていたときには妙案が思いつかず、後任の森橋なつみさんにすべてを託していた。

展示は、「宋元文化と日本」の第1章からはじまる七つの章と、二つのトピックで構成されている。ふつうの展覧会よりも章の数が多くなっているのは、中国絵画でありながら現存作のほとんどが日本にあるという、宋元仏画の最大の特徴をあますところなく伝えるためであった。本来、平常展示館として設計され、部屋数が多いうえに各室の大きさがまちまちな平成知新館の構造をうまく活かした、熟慮のたまものでもあろう。さまざまな仏画を尊格や主題ごとにまとめて展示することで、図像が転写されてゆく過程を比較することができた。そのうえで、鎌倉、室町時代での唐物賞玩から江戸絵画への影響まで、日本からのさまざまな視点をこまかく設定することにより、展示の導線がわかりやすく提示されていた。最後の第7章「日本美術と宋元仏画」のある1階の第6室に出陳された原在中による顔輝筆「蝦蟇鉄拐図」(重文、百萬遍知恩寺蔵)の模写(京都国立博物館蔵)や、田能村竹田による「白衣観音像」(重文)の模写は、その拡がりを示す好例である。当初思い描いていた宗教性、そして専門性のつよい内容ではなく、宋元仏画の多様なあり方を今日の私たちにわかりやすいかたちで開示してくれた、そのことが新鮮な驚きであった。

これはひとえに主担当である森橋さんのはたらきであり、各分野の研究員のみなさんによる「全員参加」のたまものでもある。図録に収められたコラムの多さがそれを物語っていよう。さらに今回は共催各社の尽力も大きかったのではないだろうか。とくに毎日新聞社は平成29年(2017)秋の「国宝」展をきっかけに宋元仏画の魅力に理解を示してくださり、この企画を提案いただいた。展示構成をつくりあげるにあたり、日々議論して内容を彫琢していったとうかがっている。

もちろん、展示の「わかりやすさ」は綿密な学術考証に裏打ちされてのことである。たとえば、宋元の影響を受けた高麗仏画の名品である京都・妙満寺蔵の李晟筆「弥勒下生変相図」(重文)は本展で修理後初公開されたが、裏打ちをはがしたところ、封入されていた版本曼荼羅が発見されたことは大きな話題となった。宋元仏画研究の第一人者である井手誠之輔先生が企画協力された国際シンポジウムでも、図像の聖性にかんする議論が深められていたのは大きな成果である。本展は、今後、日本から海外に発信する重要な研究成果のひとつに数えられるだろう。

もっとも、日本からの文脈で展示について欲をいえば、国内各地の寺院にちらばる「知られざる」名品をもっと拝見したかったという思いもある。各地の自治体の指定を受けている中国、朝鮮半島請来の仏画は思いのほか多く、まだ知られていないものもあるだろう。本展を契機にして、日本にある中国や朝鮮の美術の意義について関心が深まることをのぞみたい。

[No.229 京都国立博物館だより1・2・3月号(2026年1月1日発行)より]

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