美術室 山下善也
2008年09月13日
脳の科学によると、左脳(さのう)が知識を、右脳(うのう)が感覚をつかさどっているそうですが、皆さんは、絵の前に立ったとき、何を描いているのかを見ようとしていますか(左脳型)?それとも、どんなふうに描いているかを見ようとしていますか(右脳型)?
学校の勉強で左脳を使うことの方が多いせいか、右脳の方は、少しお休みがちになっているかもしれませんね。食材が同じでも、味つけが違(ちが)えば全(まった)く別の料理になるのと同じように、同じものを描いても、どんなふうに描いているか(味つけ)で全く違う絵になります。絵の味を、目と心で感じ分けたいものです。
この絵では、どうでしょう。まず、何が描かれているのか。いろいろな草花(くさばな)が、4枚の襖(ふすま)に描かれています。右から順に、竹と蔦(つた)、薔薇(ばら)(トゲがありますね)、野薊(のあざみ)、秋海棠(しゅうかいどう)、芥子(けし)、山帰来(さんきらい)、立葵(たちあおい)、菫(すみれ)、鶏頭(けいとう)、葉鶏頭(はげいとう)、蜀黍(もろこし)の12種類。
菫や山帰来、野薊、芥子は春の花。薔薇や立葵は夏の花。鶏頭や秋海棠は秋の花。現実には、これらの草花が同時に咲くことはありません。絵だからできるワザ。違う季節の草花を同時に見たい。それを実現しています。
では、どんなふうに描かれているのか。全面に金箔(きんぱく)が押(お)されていて、とても豪華(ごうか)な感じがします。その上に直接、絵の具が塗(ぬ)られています。色は赤と緑。けっして派手(はで)ではなく、落ちついていて、しっとりとした感じです。輪郭線(りんかくせん)はなく、絵の具が濃淡(のうたん)をつけながら薄(うす)く塗られ、薄いところでは、下から金がきらきらと輝(かがや)いています。金地を透(す)かすような素敵(すてき)な描き方がされているんですね。
草花の配置(はいち)と伸(の)びる向きに注目(ちゅうもく)してみましょう。ど真中は芥子の花。右端の竹から、左端の蜀黍まで、草花の根元は半円状にならび、それぞれの草花の茎(くき)が円の半径のようになって、中心にあたる芥子の方向に向かって伸びるように描かれています。円環状(えんかんじょう)の独特(どくとく)な構図(こうず)をとっているんですね。芥子の右側に野薊を配して、絶妙(ぜつみょう)なバランスをとっていることも見逃(みのが)せません。地平線(ちへいせん)も地面も描かない金色一色の画面上、草花の根元の位置と茎の向きだけで表わしているのです。どうですか?ひとつひとつは水平にみえますが、全体としては、かなり高いところから野原を見下ろしているように見えてきませんか?
作者について詳(くわ)しくは分(わか)りません。でも、俵屋宗達(たわらやそうたつ)という絵師と関係の深い作品と考えられています。俵屋宗達は、桃山時代から江戸時代の初めに京都で活躍した絵師で、「風神(ふうじん)・雷神図屏風(らいじんずびょうぶ)」の作者として有名ですよね。
応仁(おうにん)の乱(らん)で荒廃(こうはい)した京都では、「町衆(まちしゅう)」という、裕福(ゆうふく)な商工業者(しょうこうぎょうしゃ)たちが構成する自治組織(じちそしき)が力をたくわえ、やがて、それまでの武家(ぶけ)や公家(くげ)に代わって、新(あら)たな文化の担(にな)い手となっていきます。
宗達も、その「町衆」のひとりでした。「俵屋」という屋号(やごう)の「絵屋(えや)」の経営者で、自分も製作し、職人である弟子たちを指導していたようです。「絵屋」は、桃山時代から江戸初期にかけて登場した新しい職業で、色紙(しきし)や短冊(たんざく)の下絵、扇絵(おうぎえ)、灯籠(とうろう)の絵、あるいは染織の描絵や下絵などを手がけ、製作した絵を店頭(てんとう)で販売したり、受注製作(じゅちゅうせいさく)を行なったりしていました。
「俵屋」は、高級ブランドとして、当時たいへんな人気を集め、やがて、お寺や朝廷からも注文がくるようになります。その俵屋製とみられる金箔地に草花を描いた襖絵や屏風絵が何点かのこされています。そのなかで最も古く、すぐれた作品として昔から定評(ていひょう)があるのがこの絵。宗達のすぐれた弟子のひとりによって描かれたとみられています。右端の下に、「伊年」と読めるハンコが捺(お)されていますね。これは、俵屋ブランドのマークなのです。
右脳をフル回転させて、このおいしい絵を、じっくり味わってくださいね、心に栄養(えいよう)たっぷりの絵であること、保証付(ほしょうつ)きですから。
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