考古室 尾野善裕
2003年01月11日
今日(きょう)は、博物館(はくぶつかん)の中でもちょっと意外(いがい)な場所(ばしょ)へご案内(あんない)いたしましょう。博物館の西(にし)の門(もん)(正門(せいもん))を入(はい)ると、すぐ目(め)の前(まえ)にもう一つ赤(あか)レンガの塀(へい)にはさまれた古(ふる)い門があります。これを入らずに左側(ひだりがわ)を見て下さい。数(すう)メートルもある巨大(きょだい)な岩(いわ)を使(つか)った石垣(いしがき)があり、見るからに普通(ふつう)の石垣ではなさそうです(写真1)。
それもそのはず、この石垣は多(おお)くのライバルたちを倒(たお)して全国統一(ぜんこくとういつ)を成(な)し遂(と)げたことで知(し)られる豊臣秀吉(とよとみひでよし)が築(きず)かせたものなのです。
天正(てんしょう)16年(1588)、全国を統一しつつあった秀吉は、奈良(なら)・東大寺(とうだいじ)に匹敵(ひってき)するような大仏(だいぶつ)を作(つく)ろうとして新(あら)たなお寺(てら)の建設(けんせつ)を始(はじ)めます。方広寺(ほうこうじ)という名(な)のそのお寺は、現在(げんざい)も博物館の北側(きたがわ)にありますが、その敷地(しきち)は現在よりもずっと広(ひろ)く、博物館の建(た)っている場所も、元(もと)はこのお寺の一部(いちぶ)だったのです。
方広寺は、何度(なんど)も地震(じしん)や火災(かさい)などの災害(さいがい)にあっているため、たびたび建(た)て替(か)えられており、秀吉が最初(さいしょ)に建てた時(とき)の建物(たてもの)は全(まった)く残(のこ)っていません。しかし、大仏殿(だいぶつでん)を取(と)り囲(かこ)んでいた塀の下の石垣は、火事にあっても燃(も)えたり壊(こわ)れたりしないため、最初に築かれたものが残っているのです(地震で一部崩(くず)れた可能性(かのうせい)はありますが、新たに築いたのではなく、崩れた部分(ぶぶん)を積(つ)み直(なお)す程度(ていど)の修理(しゅうり)をしただけのようです)。
さて、この石垣ですが、さすがに派手好(はでごの)みだったと伝(つた)えられている秀吉が作らせたものにふさわしく、人目(ひとめ)をひく巨大な岩が使われているのが最大の特徴(とくちょう)です。秀吉は、石垣を築き始める3年前(天正13年=1585)に関白(かんぱく)、翌年(よくねん)には太政大臣(だじょうだいじん)に任命(にんめい)されており、当時(とうじ)まさに日の出(ひので)の勢(いきお)いで出世(しゅっせ)しつつありました。ですから、秀吉が自分(じぶん)のもつ権力(けんりょく)の大(おお)きさを目に見える形(かたち)で示(しめ)そうとして、必要以上(ひつよういじょう)に大きな岩を使ったことは充分(じゅうぶん)に考(かんが)えられることでしょう。
もっとも、数年前(すうねんまえ)に発掘調査(はっくつちょうさ)をしてみたところ、この石垣は平(ひら)たい板状(いたじょう)の岩を積(つ)み上(あ)げて作ったもので、一つ一つの岩にはあまり奥行(おくゆき)きがないことがわかっています。つまり、見た目ほどには大きな岩が使われてはいないのですが、できる限(かぎ)り大きく感(かん)じられる向(む)きに岩を積んでいるわけで、ここにも物事(ものごと)を効率的(こうりつてき)に考えることに長(た)けていた秀吉らしさが現われているかのようです。
さて、この石垣について注目(ちゅうもく)されるのは、石垣の裏側(うらがわ)に大量(たいりょう)に詰(つ)め込(こ)まれていた石仏(せきぶつ)や石塔(せきとう)の存在(そんざい)です(昔(むかし)、博物館の平常展示館(へいじょうてんじかん)を建てたときに、石垣の裏側から出土(しゅつど)したものが博物館の東(ひがし)の庭(にわ)に並(なら)べてあります:写真2)。
裏込(うらご)めといって、石垣の裏側にやや小型(こがた)の石を詰めること自体(じたい)は、石垣の工事方法(こうじほうほう)として珍(めずら)しくはありません。しかし、墓地(ぼち)などに建てられていたであろう石仏や石塔を壊(こわ)して、石垣の裏に詰めてしまうというのは、ずいぶん乱暴(らんぼう)な行(おこな)いじゃないかという気(き)もします。
こういう神(かみ)をも仏(ほとけ)をも恐(おそ)れぬ罰当(ばちあ)たりなことをした人物(じんぶつ)として有名(ゆうめい)なのは織田信長(おだのぶなが)で、実際(じっさい)に信長が築かせた城(しろ)の石垣には、数多(かずおお)くの石仏が使われていることが知(し)られています。秀吉は、長(なが)く信長に仕(つか)えてきた人(ひと)ですから、信長を見習(みなら)ったのでしょうか。それにしても、仏さま(大仏)をまつるお寺を作るのに、別(べつ)の仏さま(石仏)を瓦礫(がれき)のように扱(あつか)うというのは、ちょっと考えさせられてしまう話(はなし)だと思(おも)いませんか?
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