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五月一日経(ごがつついたちきょう)―どうやってお経は写されるの?―
美術室 上杉智英
2018年07月18日
みなさんは写経(しゃきょう)、お経を書き写したことがありますか?定期的(ていきてき)に写経(しゃきょう)の会を開かれているお寺もありますが、なんだか特別な感じがして、身近(みぢか)に感じる人は少ないかもしれません。今回はそんな、ちょっとなじみの薄(うす)い写経(しゃきょう)のお話です。
古いお経って何時代?
お経は紙に墨(すみ)で書かれます。昔のお経、古いお経のことを「古写経(こしゃきょう)」といいますが、「古い」っていつぐらいのものが残っていると思いますか?江戸(えど)時代?室町(むろまち)時代?実は、もっともっと古い奈良(なら)時代のお経が残っています。「奈良(なら)時代の紙が残っているの!」と驚(おどろ)くかもしれませんが、残っているのは1巻(かん)や2巻(かん)ではありません。今回、紹介(しょうかい)する「五月一日経(ごがつついたちきょう)」(図1)は、おそらく1,000巻(かん)くらい残っています。
五月一日経(ごがつついたちきょう)
「五月一日経(ごがつついたちきょう)」というのは、聖武天皇(しょうむてんのう)のお后(きさき)、光明皇后(こうみょうこうごう)が亡(な)くなったお父さん(藤原不比等(ふじわらのふひと))とお母さん(橘三千代(たちばなのみちよ))の幸せを願(ねが)って写させたお経のことです。このお経は最後に、
天平十二年五月一日記(740年5月1日に記す)
と書かれることから、「五月一日経(ごがつついたちきょう)」と呼(よ)ばれています。実際(じっさい)に展示(てんじ)を観(み)ていただくと、「これが本当に1200年以上昔に書かれたお経?」と目を疑(うたが)うと思います。それほど、きれいな紙、あざやかな墨(すみ)の色をしています。
「五月一日経(ごがつついたちきょう)」の凄(すご)い所は、それだけではありません。東大寺(とうだいじ)の正倉院(しょうそういん)には、「五月一日経(ごがつついたちきょう)」に関する大量の古文書(こもんじょ)(写経所文書(しゃきょうしょもんじょ)といいます)が伝わっていて、お経がどのように写されたのか、誰が写したのか、など詳細(しょうさい)が分かります。
どうやってお経は写されるの?
「写経(しゃきょう)」というと、ロウソクがゆらめく薄暗(うすぐら)い部屋の中、お坊(ぼう)さんが一人、静かにお経を書き写す、というイメージが湧(わ)きますが(個人(こじん)の感想です)、写経所文書(しゃきょうしょもんじょ)によって知られる写経(しゃきょう)の実態(じったい)は全然違(ちが)います。では、どうやってお経は写されたのでしょうか?
「五月一日経(ごがつついたちきょう)」は国家事業であり、多くの人達が写経所(しゃきょうじょ)という所に集められ、役割分担(やくわりぶんたん)して写されました。経師(きょうじ)・校生(こうせい)・装潢(そうこう)・題師(だいし)といわれる、それぞれの役割(やくわり)をみてみましょう。
経師(きょうじ):お経を書き写す
お経を書き写す係です。お坊(ぼう)さんではなく、試験(しけん)(実際(じっさい)にお経を書きます)を受けて合格(ごうかく)した、字の上手な役人が担当(たんとう)しました。うさぎの毛の筆を使って、写経体(しゃきょうたい)というちょっと平べったい楷書(かいしょ)で丁寧(ていねい)に書き写していきます。横線(よこせん)は引かれていないのに、文字がピッタリ揃(そろ)っているのは、「式(しき)」という定規(じょうぎ)のように目盛(めも)りの入った紙を目安(めやす)に使っていたからです。
給料は、1紙(17字×28行。476字)写して5文(もん)(約160円)。1日平均(へいきん)7紙(約1120円分)書写したといいます。ただし、5字間違(まちが)うと1文(もん)、1字書き落とすと1文 (もん)、1行(17字)書き落として20文(もん)(約640円)の罰金(ばっきん)がとられました。
校生(こうせい):間違(まちが)いが無いか確認(かくにん)する
経師(きょうじ)が写したお経は、校生(こうせい)によってお手本のお経と見比(みくら)べられ、間違(まちが)いがないか確認(かくにん)されました。この確認(かくにん)は普通(ふつう)2回行われます。給料は、5紙を確認(かくにん)して1文(もん)。1日平均(へいきん)60紙(約384円分)を確認(かくにん)したといいます。ただし、間違(まちが)いを1字見落とせば1文(もん)。書き落とし1字を見逃(みのが)せば4文(もん)。1行抜(ぬ)けているのを見落とせば20文(約640円)の罰金(ばっきん)がとられました。1日60紙チェックしても、1行抜(ぬ)けてるのを見落とせば赤字です!
装潢(そうこう):お経の形を整える
お経の形を整えます。紙を大豆糊(だいずのり)でつなぎますが、その幅(はば)わずか2㎜!凄(すご)い技術(ぎじゅつ)です。それから紙の表面を叩(たた)き、平(たいら)にしてお経を書きやすくし、鹿(しか)の毛の筆で罫線(けいせん)(界線(かいせん)といいます)を引きます。こうして出来た紙が経師(きょうじ)へ渡(わた)され、お経が写されます。また校生(こうせい)によって本文が確認(かくにん)されたお経は、装潢(そうこう)へ戻(もど)され、軸(じく)・表紙・緒(お)(お経を巻(ま)いて止める紐(ひも))が付けられお経の形(巻子(かんす)本)になります。
題師(だいし):お経の題名を書く
表紙にお経の題名を書きます。特に字の上手な人が担当(たんとう)しました。給料は1巻書いて2文。筆にはたぬきの毛が使われました。
このように、みんなで協力して「五月一日経(ごがつついたちきょう)」は写されました。「罰金(ばっきん)ひどい!」と思われるかもしれませんが、罰金(ばっきん)も、美しい紙も、丁寧(ていねい)な文字も、みんな「仏(ほとけ)の教えを正しく伝えよう」という想(おも)いが形になったものです。また、今、私達(わたしたち)が奈良(なら)時代のお経を目にすることができるのも、その想(おも)いが大切に受け継(うけつ)がれてきたからです。