- TOP
- 学ぶ・楽しむ
- おうちで学ぶ・楽しむ
- 博物館ディクショナリー
- 書跡
- 紺紙経(こんしきょう)―輝(かがや)く仏の言葉―
紺紙経(こんしきょう)―輝(かがや)く仏の言葉―
美術室 上杉智英
2025年02月11日
みなさんは「お経」にどんなイメージを持っていますか?「呪文(じゅもん)みたいで何を言ってるのか分からない」「漢字ばかりで難(むずか)しい」「地味」? そもそも、お経を聞くこと・見ること自体あまりなく、「お経って何?」という人がほとんどかもしれませんね。
「お経」って何?
「お経」は仏教を開いた人、釈迦(しゃか)(紀元前5~4世紀ごろ。諸説(しょせつ)あり)の教えを書き記したものです。ただし、釈迦が自分で書いたものではありません。釈迦が生きている間、その教えは暗記してインドの言葉で口伝えされました。釈迦が亡(な)くなった後に、初めてその教えが文字で記されるようになります。それはやがて中国へ伝わり、2世紀以降(いこう)、漢字に翻訳(ほんやく)されます。中国で漢字に翻訳されたお経は6世紀に日本へと伝わりますが、その時には翻訳されず漢字のまま受け入れられました(昔の外国語ですから聞いて分からないのは当然です)。多くのお経が「如是我聞(にょぜがもん)」(このように私は聞きました)の言葉で始まっているのは、口頭で教えが伝えられていたことの名残で、お経が釈迦の言葉であることを伝えています。
「お経」は地味?
「お経」は他の書物と同じように、普通(ふつう)、紙に墨(すみ)で書かれます。ただし、仏の姿(すがた)をかたどった仏像がさまざまな美しい装飾(そうしょく)や花で飾(かざ)られるように、釈迦の言葉であるお経も信仰(しんこう)の対象として飾り立てられました。料紙(りょうし)(お経を書き写す紙)をカラフルに染(そ)めたり、金箔(きんぱく)・銀箔(ぎんぱく)を正方形に切った切箔(きりはく)や線状に切った野毛(のげ)、細かく砕(くだ)いて粉にした砂子(すなご)などを散(ち)らしたり、草花・蝶(ちょう)や鳥の下絵を描(えが)いたりと、とてもきらびやかです。このようにさまざまなデコレーションが施(ほどこ)されたお経は「装飾経(そうしょくきょう)」と呼(よ)ばれます。

図1 重要美術品 紺紙金字法華経(こんしきんじほけきょう)巻第五 平安時代 11~12世紀
京都国立博物館蔵(守屋コレクション)
「紺紙経」とは?
装飾経にはさまざまなバリエーションが見られますが、数が多く代表的なのは平安時代後期(へいあんじだいこうき)(11~12世紀)、貴族(きぞく)の依頼(いらい)によって作られた「紺紙経」です。紺紙経とは料紙を藍(あい)(タデ科の植物)で濃(こ)い紺色(こんいろ)に染め、溶(と)かした膠(にかわ)に金粉を混ぜた金泥(きんでい)や、銀粉を混ぜた銀泥(ぎんでい)、あるいは金泥と銀泥の両方でお経を書き写したものです。
紺紙経は中国・朝鮮半島(ちょうせんはんとう)にもあります。日本では奈良時代(ならじだい)(8世紀)より作られており、紺紙に銀泥で『華厳経』を書写した紺紙銀字華厳経断簡(こんしぎんじけごんきょうだんかん)(二月堂焼経(にがつやけぎょう))が今も伝わっています。東大寺の正倉院(しょうそういん)に伝わった写経所文書によると、金泥で書いたお経は文字を輝(かがや)かせるため、仕上げに猪(いのしし)の牙(きば)で文字の表面を磨(みが)いたようです。天平勝宝(てんぴょうしょうほう)3年(751)に紫色の紙に金泥で華厳経(けごんきょう)80巻を書写する計画では、1400枚の料紙に対し猪の牙35個が用意されています。1個の牙で40紙分、お経2巻と少しを磨く計算だったようです。
なぜ紺と金なの?
紺紙経の多くは紺紙に銀泥で界線(経文(きょうもん)を囲む線)を引き、金泥で経文を書写した紺紙金字経(こんしきんじきょう)です(図1)。なぜ、紺と金なのでしょうか?一説にはお経に説かれる七つの宝(たから)「七宝(しっぽう)」(金・銀・琉璃(るり)〈ラピスラズリ〉・硨磲(しゃこ)〈貝殻〉・馬瑙(めのう)〈エメラルド〉・真珠(しんじゅ)・玫瑰(まいかい)〈赤色の宝玉(ほうぎょく)〉)のうちの金と青色の宝石である琉璃によると言われています。ではなぜ、七宝のうち金と琉璃なのでしょうか?金色に輝(かがや)く経文と濃紺(のうこん)の料紙のコントラストが美しいからでしょうか?
金が仏を象徴(しょうちょう)していることは、仏像や仏画の彩色(さいしき)からも連想され、お経にも仏の言葉は「金口(こんく)」と表現されています。また、紺紙金字で書写されることの多い『法華経(ほけきょう)』によると、浄土(じょうど)(清らかな仏の世界)の地面は琉璃でできていると説かれています。紺紙金字のお経は清らかな世界と仏を表しているのかもしれません。
なお、『法華経』には、「仏の身体は金の山のように端正(たんせい)にして厳(おごそ)かで何とも言えず美しい。清らかな琉璃の中に純金(じゅんきん)の像が現われたようである」という喩(たと)えがあります。中央アジアで産出される琉璃(ラピスラズリ)は深い青色で、その中に金色をした黄鉄鉱の粒を含みます。もしかしたら、紺紙金字のお経のイメージの源泉(げんせん)はラピスラズリだったのかもしれません。

参考写真 琉璃(ラピスラズリ)
- 前のおはなし
- 書跡 のおはなし一覧に戻る
- 次のおはなし