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No.6

ロンドン発、清朝コレクション

河上 繁樹

 1992年8月、 ぼくはロンドンにいた。1ヶ月の滞在もあとわずかばかりとなったある日、一人の日本人女性と知り合った。彼女は人に頼まれて染織品を日本からロンドンに売りに来たのだという。ロンドンの大学を卒業し、東京でアンティーク・ショップを経営する彼女は、ロンドンのオークション情報に詳しい。日本人が興味を示さないものでも、ロンドンでは高値で売買される。はたして、どのようなものなのか?とりあえず拝見することになった。

 目のまえにひろげられたのは、鮮やかなオレンジの地に龍や雲、コウモリなどがちりばめられた清朝の極彩色の龍袍である。なるほど日本人の好みではない。正直なところ、ぼくはそれまで清代の染織品に気をとめたこともなかったし、ロンドンにいる間もビクトリア&アルバート美術館でこの手のものを目にしたが、美的感動をおぼえることもなかった。中国の染織品に関心がないわけではない。いや、むしろ関心のあるほうであろう。しかし、その関心も清代にまでは及ばなかった。ぼくだけではないと思う。欧米の美術館にはわんさかと集められている清朝の染織品も、日本の美術館で目にすることは稀である。京都国立博物館も、皆目とまではいわないが、ほとんどないような状態であった。そんな環境にいたぼくが龍袍に興味を持ちだしたのはロンドンでの出会いである。

 結局、ロンドンで出会った龍袍は、現在、京博のコレクションに納まっている。日本で活用できるのならということで所蔵者の方から寄贈していただいたからだ。この寄贈をきっかけに清朝の染織品が集まりだした。類は類を呼ぶものだ。欧米の大コレクションには到底及びもつかないが、いつも染織品を陳列している新館の一室 (14室) を埋めるだけの作品がこの2・3年間で収集できた。

 人はなんでこんなものをと思うかも知れないが、龍袍の世界に入ってゆくと、それはそれでおもしろい。龍袍にあらわされた文様には無意味なものがないと云っていいほど、象徴や寓意で満たされている。息苦しいほどに文様で満たされた龍袍には中国の人たちが考えた宇宙がある。その意味を知るにつれ、龍袍が大きく見えてくる。いまでも感覚的には、ぼくの趣味ではないが、別の意味で龍袍に愛着がわいている。ロンドンでの出会いがなければ、いまでも無関心のままでいたに違いないが、寄贈していただいたことで新たな世界が広がっていった。ほんとうにありがたいと思う。

 話しは変わるが、昨年12月に個人の方から櫛・かんざし、子供の衣装、化粧道具、引札の一大コレクションを御寄贈いただいた。京博のコレクションに新しい仲間が加わったのだ。その方は、 娘を嫁にだす気持ちだとおっしゃった。箱入りならぬガラスケースのなかで、このお嫁さんをいかに美しく見ていただけるか、それがぼくの仕事である。 いささか浮気性といわれるかもしれないが、新たな出会いにまた胸のときめく思いがする。

[No.106 京都国立博物館だより4・5・6月号(1995年4月1日発行)より]

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