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No.41
金属工芸史に出会う金色の回廊
鶴岡 真弓
「金色に輝く金属工芸」。それは「時代や地域を問わず、人の心を捉えて離さない」芸術である。この展覧会カタログの冒頭に謳われているとおり、「金属」の輝き、輝く「金属」の工芸は、古来、人間の生、そして死に深くかかわるさまざまなモーメントに、かけがいのない「かざり」として登場し、人々に羨望と生きる力を与えてきた。たとえば最近の映画『ロード・オブ・ザ・リング』も「金属の魅力」が主題で大ヒットしているといってもよい。原作『指輪物語』の作家トールキンは「黄金の指輪」に、人間の幸せや呪いが渦巻き、自然・人為・権力・正義・挫折・希望など、この宇宙界と人間界(そして人間をサポートしてくれるその中間の世界の存在)やその運命を象徴させた。つまり「金色に輝く金属」は、人間と自然の、人間と神々の、人間の生と死を、文字どおりその輝く金属の表面に鏡のように映し出す、不思議な工作物・芸術であること、そしてまた金属は、地中深く埋まったその素材を人間が「発見」し「加工」し始めたその原初から現在までの「歴史時間」を私たちの目の前に開いてみせる「扉」であること。輝く金属工芸が人を魅了してやまないのは、金属工芸しかもちえないそうした普遍的な世界観というべきものが控えているからだ。
さてこのような話題を導入にさせていただいたのも、今回の特別展『金色のかざり—金属工芸にみる日本美—』は、世界的なスケールとスコープをもって企図された、本邦初の「金属工芸を通覧する」展覧会である、と同時に、日本とユーロ=アジア(ユーラシア)の文明交渉の歴史を精密に浮かび上がらせた、またとない構成になる展示であるからだ。企画者が指摘するとおり、日本の豊かな金属工芸の「通覧」は従来なかった。この特別展では、黎明期としての古墳時代の渡来工人「鞍作氏」の伝えた黄金の馬具から、東大寺と正倉院の対照的な仏教荘厳具、京都から地方へ広がる鎌倉時代の二荒山神社の祭礼の神輿、「かざりの意識の高揚」の極まる王朝時代の光背、中国や東南アジアとの共有関係の文様、高台寺や二条城の釘隠にみる桃山時代の意匠の息吹、宮廷と武家、書院から青楼までに沸いたデザインの連携、江戸は七宝・色絵の多色、祇園祭曳山の工人の独創、明治の輸出工芸とモダニズムまで。そして琉球と蝦夷。実に精緻な歴史の金属回廊を往く内に私たちは副題「金属工芸にみる日本美」の意味がこの題以上の深度をもっていることをじわりと知らされるのである。そこには和様などの固有性としての「日本美」を閉じ込めるのとは逆に、「文様」やその形態変化が「日本だけで起こった」のではなく「半島や大陸でも起こっており共振した」という全く新しいヴィジョンに立っている企画者のくわだてがみてとれる。
この世界にも誇れる構想に充ちたこの展示で、私は日本の金属工芸の「世界性」の示し方の大きな第一歩を目撃した。そして展示場半ばに聳え立つ長刀鉾の「金色のかざり」のこだわりを目の前にして、真に金属工芸の「かざり」とは、人間の生命を支える「装飾の力」であることを思い知らされるのである。
[No.141 京都国立博物館だより1・2・3月号(2004年1月1日発行)より]